お題『向かい合わせ』
ことん、ぎぎぃ。
すぐ近くで鳴った物音に閉じていた瞼を薄っすらと開ければ、ぼんやりとした視界の中に映るのは酷く見覚えのある顔だった。
突っ伏して眠っていた俺と向かい合うようにして前の席に腰掛けているその人物は、こてん、と可愛らしく首を傾げながら、なおも寝た振りを続ける俺の顔をじっと見つめている。
なんとなく起きていることを悟られたくなくて薄らと開いていた目をしっかりと閉じ直したは良いけれど、突き刺さるような視線を感じながら真っ暗な視界の中でじっとしているのは中々に居心地が悪い。
いっそ今目覚めた風を装って目を開けてしまおうか。そう思ったその時、重たい前髪がさらりと不意に払われた。
露わになった額が冷たい空気に撫でられたのを感じた瞬間、そこに柔らかな感触が伝わった。ふに、と一瞬肌に触れたそれは、温かな吐息を一つ溢して離れていく。
今のって、まさか。俺がぴしりと硬直している間に、がたがたと慌ただしく机の動く音がする。
そのままぱたぱたと足音が遠ざかっていけば、遠くの方から聞こえてくる楽器の音や運動部の掛け声だけが響く静かな空間が戻って来た。
恐る恐る目を開けば、そこにはもう誰もいなかった。
夕陽に彩られた教室。色んなユニフォームを着た生徒たちが入り乱れる窓下の運動場。
俺がうたたねしてしまうまでと全く同じ光景の中で、ただ乱雑に放置されたままの目の前の椅子だけが、先程までの出来事が白昼夢などでは無いことを語っていて。
かあっと顔に熱が集まっていくのを感じる。どくどくと逸る鼓動がうるさい。火照った肌を隠すように手で覆えば、ひんやりとした指先が額へと当たる。振り払いたいはずのあの感触が、まだくっきりとそこに残っていた。
8/25/2023, 3:39:55 PM