無色の世界
「青春って何色だと思う」
少しどんよりとした、雨上がりの空気が漂う中庭で、君が言った。
何度も聞いた言葉だった。いつだったか、色んな人に聞いていると耳にした記憶がある。
そんなに聞いてどんな答えが聞きたいんだい?どうせ一辺倒な答えしか返ってこないだろうに。
どれだけそう思っていたって、私は君に否定的な意見を伝えたりはできないのに。
考えるだけ無駄だと理解しながら、ぼうっと空を眺める君に、いつもと同じ答えを返す。
「やっぱり青色なんじゃないかな。ほら、青春には青っていう漢字が含まれてるし。」
「…そう。貴女もそう答えるんだね。」
私は可能な限り明るく答えたつもりだったけれど、そんなことは関係ないのか、君は俯いてしまった。
君の、昔と比べてしわくちゃになった手には、一枚の写真が包まれていた。
紙はとうに色褪せていて、何度も手に持って見ていたのか至る所に折り目が付いていた。
まだ、モノクロの写真しか撮れなかったのだ。
写真撮影の時に着ていた服の色も、緊張して強張った顔の色も、あの日の暗い雲に覆われた空の色も、
今では全てが、灰色にしか見えないのだ。
君と描いた青春の日の思い出。
手元の写真しかない君には灰色の思い出でも、全て憶えている私には、未だたくさん色付いた青い青い思い出なんだよ。
夢見る心
それを持つこと自体が大切だと。
それこそが尊いものなんだと。
先生が言った。
私は反対した。少しして後悔する。意味の無いことだと。
私が周りに賛同できないのと同じく、周りも私に賛同できないのだから。
「だって、夢というのは、他人に押し付ける考え方のことでしょう?」
自分自身で何とかできるなら、それは夢にならないでしょう。周囲の環境を思うがままに動かしたいと願う気持ちのことでしょう。常軌を逸した現象を起こそうと奮起するようなものでしょう。
どうして、そんな無駄な行為を敬うことができるのかな。
独りぽつりと呟いていた。
夢を見ていた。
思い描く理想じゃない、眠る時に流れる記憶整理の映像。
むかしむかしの、嫌な記憶。
直ぐに気付けて、周りの支配を逃れられたことは、幸運だったと言えるだろう。
けれど、何も気付かず、知らないままで、考えないで生きていられたのなら。それも一種の自由だったんじゃないのかな。
籠の中の鳥は自由を夢見るけれど、外を歩く野良猫は安全な場所を望む。
夢を見るのと、強い願望を抱くのと、
私は後者が良かった。ただ、それだけなのに。
届かぬ想い
君はもう、行ってしまったんだったね。
その背中を追いかけることも、見送ることも、許さずに。
私の知らない間に私の知らない場所に、行ってしまった。
漠然としたその事実だけが、私の胸を内側から逆撫でする。ぞわりと寒気のする感触だけが、それを事実として教えてくる。
どうしたら君はこの声を聴いてくれるのだろうか。
無我夢中で追いかけ続けた私も、間違ってはいなかったけれど。
答えの無い問いを解き続けられるほどにも、返事を待ち続けられるほどにも、私は愚直ではなかった。
明日は、新しい問いに挑戦出来る気がする。
次に会った時に、報告するよ、待ってなくていいからね。
神様へ
『神』だなんて言葉は、所詮後付けのものに過ぎない。
そんな考えを抱いたまま『貴方』に祈る僕は、誰よりも、ずっとずっと、哀れなのかもしれませんね。
一生。愛してる。永遠に。自分だけの神様だ。
本来は大切にされるべき筈の言葉が、飽和する世の中になってしまって。信じる気持ちも、慕う気持ちも、相手に届かなくなってしまった。
どうしたら、貴方が唯一だと、知ってもらえるだろうか。
どうしたら、無二の感情だと、判ってもらえるだろうか。
もう二度と、同じ頼り方はしないと、貴方自身に誓ったのに。それに縋ることしか、私は、僕は、知らなくて。
貴方を神様だと認める私を、どうか赦してください。
ここに、この時この場所で、懺悔します…
どうか、どうかどうか、赦してください
快晴
雲一つない晴天。
こんな日は、あの時の入学式を思い出す。
少し日に焼けた草花の匂い。周りを囲うフェンスの錆びた匂い。母親の、少しめかしこんだ匂い。
色んな香りに包まれた、あの日の思い出。
いつかまた、あの場所に行ってみようか。
遠い昔の感覚を、また呼び戻したくて、きっと。
蓋をした思い出に、もう一度触れてみる。