#28 『この場所で』
「この場所で間違いないのよね」
「はい」
「大事な話があるって言うから、の割には人が多くない」
私は仕事帰りに卓也からの伝言だという若い男に案内されて、橋の真ん中まで連れてこられた。
「…」
若い男が何も答えず黙っていると、どこからともなく音楽が流れてきた。
それを合図に配達員に扮装した男が踊り出し、それに呼応したかのように通行人のフリをした人たちが次々踊り出す。
…あぁ…、フラッシュモブだ。
卓也のヤツ、プロボーズするつもりなのか。
関係ない人たちがこっちを立ち止まって見ている。
…死ぬほど恥ずかしい。
川に飛び込んでしまいたい。
そんなことを一切気にもとめずに笑顔で踊るダンサーたち。
…さて、どうしたものか、正直、卓也と結婚するつもりはさらさらない。
といっても、ここで断るのは鬼だ。
職場の近くだし、誰に見られているかわからない。
思案していると緊張した面持ちの卓也が踊りながらダンサーたちの合間を縫って現れた。
…こういう価値観だから結婚したくないんだよな。
私がこんな衆目にさらされるのが好きだと思っているの?
すると、とうとう音楽が止まり、卓也が指輪を差し出し、プロボーズをしだした。
「…」
どう断るかばかり考えていて、何も耳に入ってこない。
「…キミに出会ったこの場所で、告白します。僕と…」
!
「卓也、ちょっと待って」
「?」
「私たちが出会ったのは、もう1本向こうの橋よ」
「え?」
「…そんな大事な思い出を覚えていない人とは結婚できない!」
私は泣くマネと顔をニヤつくのを隠すため顔を手で覆った。
「サヨウナラ!」
と言い終わると、私はこの場所から駆け出して行った。
…転職するか。
#27 『誰もがみんな』
SNSにアップしたダンス、バズっちゃった
誰もがみんなマネしてる
このヘアスタイル、このコーデ、
誰もがみんなマネしてる
もっとイイネちょうだい
まだ足りない
1億、2億イイネ…80億
もっともっとイイネが欲しい
そして、誰もがみんなワタシになって
#26 『花束』
今日で店じまい。
端正込めて花束を造り続けて50年ちょっと。
人生最後の花束を心を込めて造り、最後の客に手渡す。
ふと、この人は誰に何のために渡すのか、好奇心が湧き出してくる。
大切な人への愛の告白に使うのか。
それとも入院している家族へのお見舞いか。
最後だし、いいだろう。
店をそそくさと閉めて、慌ててあとをつける。
着いたのは、何かイベントをやっている会場だった。
そうか!
歌い手さんへのサプライズか!
我が最後の花束の晴れ舞台としては最高の演出じゃないか。
チケットを買い、中へ入ると、熱狂した観客の中央に四角いリング。
プロレス?
すると我が最後の花束を抱えてキレイな女性が入ってくる。
…ま、最後は屈強な肉体のプロレスラーか、
…それもまたいいだろう…。
プロレスラーへ最後の花束が渡される。
……やはり何だかわからないが、感無量で思わず泣き出しそうになった………
!その瞬間。
「てめぇ、コノヤロー!!!」
我が最後の花束は……、イカつい髭面の男の顔に散った……。
………泣いた。
#25 『スマイル』
もっと眉間にしわ寄せて!
ほら、もっともっと眉を吊り上げて!
口角上がってるよ!
ダウン、ダウン
眉間のしわ!
鏡の自分、怖い顔になってる?
もっとアングリーだよ
キープ、アングリーキープだよ!
………はい、笑ってぇ
ナイススマイル!
実は、僕は
心優しく、博愛主義で
常に他者を優先し、
人を恨んだり、妬むことはせず、
感謝をすることを忘れず、
人を愛すことを大切にしているのです。
……そんなわけない
#24 『どこにも書けないこと』