はた坊

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#28 『この場所で』

「この場所で間違いないのよね」

「はい」

「大事な話があるって言うから、の割には人が多くない」

私は仕事帰りに卓也からの伝言だという若い男に案内されて、橋の真ん中まで連れてこられた。

「…」

若い男が何も答えず黙っていると、どこからともなく音楽が流れてきた。

それを合図に配達員に扮装した男が踊り出し、それに呼応したかのように通行人のフリをした人たちが次々踊り出す。

…あぁ…、フラッシュモブだ。
卓也のヤツ、プロボーズするつもりなのか。


関係ない人たちがこっちを立ち止まって見ている。

…死ぬほど恥ずかしい。
川に飛び込んでしまいたい。


そんなことを一切気にもとめずに笑顔で踊るダンサーたち。

…さて、どうしたものか、正直、卓也と結婚するつもりはさらさらない。
といっても、ここで断るのは鬼だ。
職場の近くだし、誰に見られているかわからない。


思案していると緊張した面持ちの卓也が踊りながらダンサーたちの合間を縫って現れた。


…こういう価値観だから結婚したくないんだよな。
私がこんな衆目にさらされるのが好きだと思っているの?


すると、とうとう音楽が止まり、卓也が指輪を差し出し、プロボーズをしだした。

「…」

どう断るかばかり考えていて、何も耳に入ってこない。


「…キミに出会ったこの場所で、告白します。僕と…」



「卓也、ちょっと待って」
「?」
「私たちが出会ったのは、もう1本向こうの橋よ」
「え?」
「…そんな大事な思い出を覚えていない人とは結婚できない!」

私は泣くマネと顔をニヤつくのを隠すため顔を手で覆った。

「サヨウナラ!」

と言い終わると、私はこの場所から駆け出して行った。


…転職するか。

2/12/2023, 7:22:02 AM