『 生きて 』
そう書かれた手紙が,枕元に置いてあった。
まだ重い瞼を擦りながら,白い便箋をひょいと持ち上げてみる。
羽根布団の温もりを全身で感じたまま,手紙に書かれた1文の意味を読み取ろうと試みた。
……が,どうも汲み取れない。
ショボショボする瞳をかっぴらき,手紙の表裏に何度も目を通してみた。
掠れた字体,書き始めのインク溜まり,走り書きのような少し崩れた日本語…
…この字,アタシの字じゃん。
そう認識しては,眠気なんて風に飛ばされてしまった。
こんな手紙書いた事ないのに…と不信感に陥っていれば,誰かが扉を叩く音がする。
「 起きた?任務入ってるんだけど 」
『 ぁ〜…はいはい 』
彼の心地の良い低音ボイスが鼓膜を揺らす。
任務…今日は何処の神社だっけな,と呑気な事を考えながら布団から出て,手紙を四角く折りたたんだ。
何も入っていない鍵付きの棚へ置けば,首を傾げてしまってやった。
10年後,その意味が解ることは,誰も知らないだろう。
今宵も,夜の帷が降りた。
しん.と静まり返った山奥へ足を運び,大きな湖のほとりに座り込む。
何でも映し出せる鏡のような水面に,貴方と2人顔をのぞかせてみた。
真っ暗な夜空にぽっかりと浮かぶ月,ぴりりと刺激する肌寒い北風,今にも消えてしまいそうな貴方の笑顔。
何処か哀しそうな横顔の輪郭に,瞳も心も奪われた…だなんて呟いてみれば,貴方はどんな反応を見せてくれるのだろう。
貴方の事だ,「 なんだよそれ,恥ずかしいじゃん… 」と顔を赤くしてそっぽを向いてしまうだろう。
そんな貴方の事が,狂わしい程に愛おしくて。
彼女に視線を逸らせば,その華奢な指先で水面に波を作りながら目を輝かせているでは無いか。
幼子のようだな,と心の奥で呟いてみれば,可笑しくてつい笑ってしまった。
山奥の木々をすり抜け此方へやってくる風に乗せて,永遠を誓うことだって出来た。
だけど神は,貴方と永遠を過ごす事に許しを与えてくれなかった。
寿命が,それを物語っている。
悠久の時を生きる自分と,たった100年程度の僅かな時間しか生きれない貴方。
なんて残酷なんだ,と小さく呟けば,ごろんと横になってみる。
優しい北風に煽られ,前髪がふわりと揺れる。
オレも,あの夜空に浮かぶ大きな満月のように,ヒトリになってしまうのだろうか。
そんな事を思っていたら,彼女が乱暴に自分のとなりへ寝転がった。
茶色い髪が碧い芝生によく映えている。
「 アタシは,アンタを二度とヒトリにさせはしないさ。 」
そう言って,八月の向日葵で作り上げた花束のような眩しい笑顔を見せた。
やっぱり,貴方には敵わないな。だなんて想いながらぎゅっと抱きしめてやった。
彼女の太陽に干した布団のような,包まれるような優しい匂いを感じながら。
貴方が逝ってしまうその時には,オレもついて行くから。
だから,待ってて。
幾星霜,ただ過ぎ去る流星群だけを見つめていた。
隣を歩いたニンゲンは寿命で朽ち果て,呆然とヒトリで吹く風に身体を委ねていた。
寿命が尽きる迄は孤独だと,もう二度と,誰とも関わらないと,そう思っていたのに。
あの日,あの場所,あの時間。
誰にも認識されずに,孤独だった自分の姿を見つけ出した彼女。
彼女の紅い瞳が,ひょこりと覗く八重歯が,『 玄武 』と名を呼ぶその声が。
余りにも彼奴にそっくりで,漆黒の夜空から一筋の星が零れ落ちてしまった。
「 オレは…ここにいても…いいのか…? 」
『 勿論だ!! 』
大きく頷き,太陽のような笑みを浮かべた彼女に,どれだけ心が救われた事か。
今となっては,自分の中じゃかけがえのない存在になってしまっている。
あまり気に入りすぎてしまうと,また,寿命が2人を分かちあってしまうから。
それでも,彼女の事は,オレが護る。
そう,鳥居の下で誓ったんだ。
_後先考えず突っ走る彼女を後ろから抱きしめ,静止させるような体制へ持ち込む。
そして,彼女の耳元で小さく囁くんだ。
今までずっと,喉奥につっかえて紡げなかった言の葉を。
「 ありがとう 」