梵 ぼくた

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10/18/2024, 11:30:50 AM

雲ひとつない蒼穹によく映えた椛を、少し悴む指先で摘み上げては天へかざす。
彼女の瞳と同じ色を宿した椛と、彼を惑わす淡い残像。きゅ、と唇を噛み締めては、総ての感情を制御するために瞼を閉じた。視界が遮られた分、敏感になり行く他の感覚。聴覚、嗅覚。鳥のさえずり、行き交う通行人の話し声、湖と木の香り。左手と心には、ぽっかりと空いた埋まることの無い穴。

ふぅ、と大きく深呼吸をすれば視界に光を取り入れて。シオンの花束を抱えた右手で、銃痕の残る脇腹に触れた。丁度、10年前の今日。あの空が赤く染った。夜だと言うのに、昼間の様に明るい世界。痛い程に『生』を感じた、世界で1番時間の過ぎ去る速度が遅い夜。2度とあんな経験はごめんだ、と独り言を漏らせば、レンガ造りの道を歩き出す。


時計の指針が2をさせば、秋晴れの幕が上がったように柔らかな風が吹いた。

乾いた風が、紅く染まった頬を撫でる。
優しい風が、紅く染まった葉を愛でる。

ざくざく、と音を立て紅葉の亡骸の上を歩む。己が生き抜く為に生命を落とした、かけがえのない仲間への冒涜。己の生き様に恥をかかぬ様、今日も彼等に感謝と謝罪を繰り返しながらしぶとく生き抜いて。
ブロンドの髪が秋風と踊る。エメラルドを宿した瞳には、涙の鏡。

小さな墓石の前に佇めば、大粒の感情を顕にしながらしゃがみこむ。
シオンの花束を差し出せば、彼女にしか見せたことの無い笑顔で、小さく呼んでみて。


『 逢いに来たよ、愛した人。 』

2/20/2024, 1:09:36 PM

『 同情するなよ,馬鹿野郎 』

2/19/2024, 11:30:29 AM

《輪廻転生》とはよく聞くが,本当にそうなるかなんて誰も知らない。
実際,経験したこともないから口先だけでベラベラと語れるのだろう。

しかし
あの日,あの場所,あの時間。

彼女に出逢えた奇跡は,輪廻転生とやらを信じてしまった。

ルビーを溶かし流したような紅い目,珊瑚が埋まった金色の鍵,鈴のように転がる笑い声。

…彼女を構成するもの全てが,彼奴にそっくりだったから。


瞼に浮かぶ貴方の微笑みを,噛み締めるようにゆっくりと堪能する。あの日から数百年経った今でも,未だに思い出してしまい辛いものだ。

貴方を思えば,穹が緋色に染まる。

逢魔が時…彼女たち《天照》の隊員にとって,1番の山場。昔から,この時間帯は魔物に遭遇する確率がうんとあがると言われている。

そんな《影》を倒すのが彼女達の仕事。
生きるも死ぬも表裏一体なこの世界で,オレは彼女を死んでも守る,そう誓ったんだ。

カサ,と音を立て枯葉を踏みしめれば,ふわ…と白い息が宙を舞った。

「 もうすっかり冬だな 」

肺に充満した空気が,ちくりと牙を剥く。
白いマフラーに顔を埋めれば,彼女がオレの手を引いた。

『 そーだな!!この先もっと寒くなるぜ!! 』

にか,と太陽のような笑顔を見せれば,仲間が待つ神社へ向かって駆け出す。

カサ,カサ,と枯葉を踏みしめて。

枯葉のように積もり積もったこの思いは,生涯をかけて彼女へ伝えるつもりだ。

だから,オレの前から消えないで。
絶対に,守り抜いてみせるから。

2/18/2024, 5:40:37 AM

お気に入り,と言われたら即座に思いつくものがある。

引き出しの隅っこに眠っていた,小さな鍵。

全体が金で塗られ,真ん中に大きな赤い宝石がくっついている。
ルビーか何かなのかな,といつも疑問に思いながらソレを指先で軽く突いてみた。

幼少期に譲り受けた物だから,誰の所有物だったかなんて忘れてしまった。
覚えていることと言えば,アタシと同じ紅い眼をした綺麗なヒトだったような気がする。

譲ってもらった事にはきっと何か理由があるのだろうと思って,お守りがわりに常日頃身につけている。
銀色の糸を通して首からさげ,学校に通う時は制服の下に隠している。見つかったら色々と面倒くさいもんな。

そういえば,玄武と初めて出会ったあの日,これ指さして何か呟いてた気がするけど…思い出せないって事はさほどどうでもいい事なんだろう。

まぁいいか。

…さてと,今日は彼奴らと合同任務だっけな…
さっさと隊服に着替えて,編み上げブーツを慣れた手つきで履きこなす。
もちろん,その鍵を首からさげて。

『 おい玄武!!行くぞ!! 』

日本庭園のようなだだっ広い家の庭に,どこか哀愁漂う雰囲気を纏いながら立ち尽くす彼に声をかける。

こちらに気がつけば,ゆっくりと歩いてくるのだが…いつも鍵を視界に入れては一瞬だけ辛そうな表情を浮かべる。
幾らアタシが契約者だからって,玄武の過去に首は突っ込まないさ。

でも,あの日,なんて言ったのかは気になるけどな。


「 なんで君が…その鍵を…?それは…死んだオレの相棒の… 」

2/16/2024, 1:26:23 PM

氷のように澄んだ空気を吸い込めば,ずきりと肺を刺激する。
そんな心地いい季節に,彼は1人,星降る夜にカスミソウを愛でていた。
何処までも純白な彼らが織り成す大地は,まるで1枚の大きなシルクのようだ。

ごろん,と寝転がっては北風に煽られる前髪を虚ろな瞳でじ…と見つめる。


…丁度100年前のこの日,貴方は生命を落とした。
か弱い者を守る為に,自らの身体を犠牲にして。


耳を澄ませば鈴のような笑い声が聞こえそうな,まだ隣にいてくれているような,そんな…現実逃避をしてしまっている自分が馬鹿馬鹿しい。
ぽっかりと浮かぶ満月に貴方を重ねれば,一筋の涙が目尻を伝い地に落ちる。

あんなに近くにあるのに,決して手が届かない。

もどかしさを感じながら,無理だとわかりきっているのに,月へ向かって手を伸ばす。

『 会いたいよ 』と小さく呟けば,風に乗せて天国のあなたへ運ばれるだろう。


誰よりも,何よりも,貴方を愛していた。

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