梵 ぼくた

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雲ひとつない蒼穹によく映えた椛を、少し悴む指先で摘み上げては天へかざす。
彼女の瞳と同じ色を宿した椛と、彼を惑わす淡い残像。きゅ、と唇を噛み締めては、総ての感情を制御するために瞼を閉じた。視界が遮られた分、敏感になり行く他の感覚。聴覚、嗅覚。鳥のさえずり、行き交う通行人の話し声、湖と木の香り。左手と心には、ぽっかりと空いた埋まることの無い穴。

ふぅ、と大きく深呼吸をすれば視界に光を取り入れて。シオンの花束を抱えた右手で、銃痕の残る脇腹に触れた。丁度、10年前の今日。あの空が赤く染った。夜だと言うのに、昼間の様に明るい世界。痛い程に『生』を感じた、世界で1番時間の過ぎ去る速度が遅い夜。2度とあんな経験はごめんだ、と独り言を漏らせば、レンガ造りの道を歩き出す。


時計の指針が2をさせば、秋晴れの幕が上がったように柔らかな風が吹いた。

乾いた風が、紅く染まった頬を撫でる。
優しい風が、紅く染まった葉を愛でる。

ざくざく、と音を立て紅葉の亡骸の上を歩む。己が生き抜く為に生命を落とした、かけがえのない仲間への冒涜。己の生き様に恥をかかぬ様、今日も彼等に感謝と謝罪を繰り返しながらしぶとく生き抜いて。
ブロンドの髪が秋風と踊る。エメラルドを宿した瞳には、涙の鏡。

小さな墓石の前に佇めば、大粒の感情を顕にしながらしゃがみこむ。
シオンの花束を差し出せば、彼女にしか見せたことの無い笑顔で、小さく呼んでみて。


『 逢いに来たよ、愛した人。 』

10/18/2024, 11:30:50 AM