(※GL表現あり)
「たまには私がやっても良いでしょ」
「えー?」
返事を待たずに、私はトモカの後ろに回り込み、彼女のセミロングの髪に櫛を入れた。
「わーなんか恥ずかしっ」
「私のは毎朝触るくせに」
美容師のトモカはオンでもオフでも人の髪をいじるのが好きで、とりわけ私のは彼女のお気に入りだった。
「みーちゃんのはツヤツヤだからいーの。ウチ枝毛だらけっしょ。そういうの何だっけ、高野豆腐の白パンツ?」
「紺屋の白袴ね」
「そーそーそれそれ、コーヤコーヤ」
「パンツはないわ」
「えっじゃあコーヤはパンツも藍色ってこと?」
「知らん」
トモカの髪はサラサラだ。アッシュグリーンの毛束に触れてみれば、さらさらと指の間をすり抜ける。淡く甘やかな大人の香り。
「二つ縛りの三つ編みにしようかな。先っちょにピンクのリボンつけて」
「あはは、こないだの。根に持ってるのウケる」
「ほどくの大変だったんだからね、あれ」
外で鳥が鳴いている。レースカーテン越しの朝の日差しは柔らかい。
サービス業のトモカと会社員の私の休みが重なることは珍しくて、だから今日は少し特別な日。
彼女の髪をかきあげる。白く光るうなじが美しくて吸い寄せられて、思わず唇を寄せる。
トモカが振り返り、私に応えた。
【お題:たまには】
「大嫌い」
君の息の熱を感じる。
紅潮した滑らかなその頬を撫でると、君は体に電気が走ったようにびくっと震えた。
許しを乞うように、うるんだ瞳がこちらを見上げてくる。ぞくぞくする。その視線。その熱。
【お題:大好きな君に】
ひなあられを肴に酒を煽る独身女性32歳
【お題:ひなまつり】
6個入りのピノの箱に、たったひとつだけピノが残されている。
前向きに捉えるなら「一個も残っている」と言えるかもしれないが、これは私が私のために私のお金である180円を払って買ってきた貴重なものなのだ。それが食われている。誰かによって。5つの虚無ピノと空になった5つの窪みは、その事実を私に知らしめる。
「誰だ」
【お題:たったひとつの希望】
「あんたさあ、欲とかないの」
「欲って?」
「あそこに行きたいとかこれをしたいとか、極上サーロインステーキを腹がはち切れるくらい食いたいとか」
「最後のはヒロカのだね」
「そ。そういうのないの? ユイは」
「うーん」
春の海は凪いでいて、心地よい波音が私たちの間の沈黙をくすぐる。
島の外れにあるこの海岸は学校から遠く、平日の夕方は大抵誰もいない。平らな防波堤に並んで腰掛けて、ヒロカと私と、こうして海を見ながら話すのがいつものことだった。
「ないなあ」
「ああー! 困る!」
ヒロカは大げさに頭を抱えて仰向けに倒れる。
「ネタ切れなんだわ。誕生日プレゼント。何年友達やってんだよ。ノートにハンカチにぬいぐるみに、去年はパフェ奢ったし。ほんとなんでも良いから、なんか欲しいもの言ってよ」
「ふふふ」
「そこ笑うとこ?」
「ヒロカが必死すぎるから」
「はー!? 誰のせいでこんなに追い詰められてると思ってんの!」
足をばたつかせる彼女がおかしくてまた笑ってしまう。
「ほんと、何にもいらないよ」
こうしてヒロカと話せる時間が何より好きだから。
【お題:欲望】