これってまさか以心伝心?
戸惑いながらチョコの包み紙を開けて、何も動じてないフリをしてパクッと一口。砂糖と植物油脂の約束された甘さがとろり。
ついさっきまで私が食べたいと思っていたメルティキス。私は何も言っていないのに。
「なんで」
一箱に数個しか入っていない高級品だけど、美味しくてつい手が伸びてしまう。私の机に箱を置く方が悪いのだ。
「うん?」
「何でわかったの? 私がこれを食べたいってこと」
「んふん」
「んふんって何、んふんて」
カナトも箱に手を入れてチョコを取り出す。
「分かりやすいからなあ、ミウは」
「私が?」
「まじちょろい」
「ちょろいとか言うなっ」
カナトはチョコを口に放った。
「んめ」
「ふふふ」
放課後の教室。私たち二人だけ。
それぞれ口を閉じて、メルティキスを味わう。今この瞬間に、彼と同じチョコを味わっている。その感覚が、なんだかちょっとくすぐったい。
カーテンに冬の西日が当たり、温かなオレンジ色に染まっている。
【お題:心と心】
「大丈夫?」って尋ねた時、「何でもないよ」という答えが一番困る。
それって絶対何かある。何かあることを認知した上で「(君に伝えるようなことは)何もないよ」ってことだよね。
本当に何もないなら、まず「大丈夫?」と聞かれたことに対して驚いて「えっ何が?」ってなるはず。
雪虫が飛んでいく。私たちの間にある、張り詰めた空気をくすぐるように。
あなたは私に、話すことを拒否している。
話したところでどうにもならない、と諦めている。あなたは私を見限り、目を合わせず、虚空を眺める。
衝動的に叫びたい気持ちになる。その肩を揺さぶって問い詰めてやりたい気になる。
冷たく乾いた北風。その怒りは一瞬で冷えて、鈍色の虚しさだけが残る。
あなたの「何でもないよ」に対して、私は短く「そう」とだけ答える。
二人の歩調がずれていく。枯葉を踏む足音のリズムがちぐはぐになる。
【お題:何でもないフリ】
書き留めておかなければ。眠りにつく前に。
枕元のメモ帳とペンをひっつかむ。スマホを懐中電灯モードにすると、まぶしさで一瞬目がくらんだ。
先ほど思い浮かんだアイデアを、半分寝ぼけた頭で書き殴る。別に作家ぶりたいわけではない。自分が天才だなんて思ってない、けれど思いついたものをこうして書いておかないと寝られないのだ。でないと、目を閉じたその暗闇の中でアイデアが無限に膨らみ続け寝るに寝られなくなる。だからメモ帳に書いて預けておく。
遠くで工事の音がする。国道の夜間工事が行われている。ダダダダ、ドドドド、硬いコンクリートに穴があいていく。自分の頭蓋骨も貫かれていくようだ。午前2時。意識と無意識の境界。生まれてこのかた暗闇で満たされていた己の頭の奥底には、何が眠っているのか。あるいはただの空洞か。
それを確かめるために私はペンを走らせる。ミミズの這うようなつたない文字で。
【お題:眠りにつく前に】
ココロオドル、という名前の香水を買った。香水なんて興味なかったし、自分が買うなんて思ってもみなかった。
ハートのような曲線の、逆三角形の瓶。その中に透明なピンク色の液体が入っている。
指ではじいてみる。液面がゆらりと揺れる。
【お題:ココロオドル】
今すれ違ったのって、まさか。
振り返ると、グレーのコートを着たその後ろ姿が歩いていくのが見えた。人混みに紛れてしまいそうで、私は慌てて追いかける。
まさか、雪斗くん?
小学生の時に私がずっと思いを寄せていた、あの人ではなかったか。別々の中学校に進学し、風の噂では国立の有名大学へ進学したらしいけど。
最後に会ったのは小学校の卒業式の時だから、もう10年は会っていない。年末だから地元に帰って来ているのだろうか。
背丈はずいぶん伸びたけど、歩き方や、首のホクロ、髪の毛のはねる形は小学生の頃から変わっていない。
きっと彼に違いない。私は息を弾ませ彼を追いかける。なんだかワクワクして。なんて声をかけようか。ユキくん、って当時の呼び方をしちゃおうか。そしたらきっと、驚いて振り返ってくれるはず。
隣の席にいた時、からかってそう呼ぶと照れて可愛くて。
【お題:巡り会えたら】
(メモ)
巡り合う、とは。
長い時間を経て、思いがけず人や求めていたものと対面する意味、