耳を澄ますと、スマホの中からすすり泣く声が聞こえてきた。
「助けてください、出られないんです」
その声はスマホのスピーカーのあたりから聞こえてきて、耳に当てるとまるでスマホで通話しているみたいな格好になる。
「なんでそんなところに? っていうかあんた誰?」
スマホの中にいるこいつを救出するには、スマホを分解しないといけない。なんで身も知らないやつのために、そこまでしないといけないのだ。
スマホの中の小人は、少し口ごもってから、
「あなたです」
「は? 何言って」
「私は、未来のあなたです。寝ても覚めてもスマホばかりいじっていたら、車にはねられて体を失った時、天国にも地獄にも行けず、スマホの中に閉じ込められてしまったんです。だから、お願い。私をここから……」
けたたましいクラクション。顔を上げれば、巨大なトラックが目の前に迫ってきていた。
【お題:耳を澄ますと】
「地獄カレー10辛、ブートジョロキアマシマシで」
「……お客さん、それは」
「できませんか?」
「食べきれない場合、食べ残し料金を頂きますが」
「知ってます」
優しくしないでください。
【お題:優しくしないで】
選べない。
軽井沢のお土産屋で私は頭を抱えた。
壁一面に並ぶ色とりどりのジャム。手前には試食用の瓶。常時100種類取り揃えているらしい。さすがは果物王国長野。
王道のジャムから変わり種まで。リンゴにイチゴ、ハスカップにルバーブにスットコドッコイにホゲホゲナンタラ。
初めはわいわいはしゃいでいたけど、試食しすぎて何が何だか分からなくなってしまった。普通にお茶が飲みたい。
カラフルで美しく見えたそれらが、今やうるさく見えてきた。
「無理しなくていいよ」
「でもさあ」
せっかく軽井沢に来たんだし、ジャムは買いたいじゃん。
人は選択肢がありすぎると、逆になにも選べなくなる性質があるらしい。この間何かの本で読んだ。なんだっけ。そうだ。本のタイトルは「適職の探し方」。
【お題:カラフル】
「昨日寝てない」
「えー」
「ゲームしてた」
「うそ。今日テストなのに?」
「うん。どうしてもやりたくなって」
「珍しい。なんのゲーム?」
美来はふと口をつぐんだ。私から目を逸らし、つぶやくように、
「『もしも未来を見れるなら』」
「え?」
「そういうゲーム」
一体どんな、と美来に聞こうとしたちょうどその時、教室に社会科の平川先生がやって来た。一限は日本史のテスト。
鎌倉時代に今川義元に壬申の乱。
大事な期末テストなのに、解答欄を埋めながらも頭はさっきのゲームのタイトル。
いつも真面目に勉強している美来を夢中にさせたそれは、一体どんなだろう。
ふと顔を上げる。あれ、と息を呑む。
教室の時計がおかしい。針が五本に増えている。文字盤も0から32まで数が振られていて。
気のせいだよね。テスト用紙に目を戻す。あれ。先ほど回答した文字がねじれる。兼倉寺代にラ川我π、+田ノ舌し……。
【お題:もしも未来を見れるなら】
筆先が震えている。絵なんて描きたくない。雪原のように真っ白く広大なキャンバスが怖い。たった一筆で汚してしまうから。
展覧会に絵なんて出すんじゃなかった。
美術部の顧問にそそのかされて、手近な一枚を出したら、それが
【お題:無色の世界】