私は今をときめくベストセラー作家。
ネットに投稿していた小説が、ある日インフルエンサーの目に留まりTikTokで紹介され、そこから人気に火がついて。
また勉強サボってそんなことして、なんて家族から呆れられて、でも小説を書いている時は私で私でいられたから。
だからたくさんの人に支持してもらえるのは自信につながる。作品に寄せられるイイネの数が多ければ多いほど、家族を見返せる気がしたから。
ふう、とため息をつくと、マッチ売りの少女みたいに、妄想の灯火は消えた。
そんなこと、あるわけない。
本当は、イイネなんてひとつももらえていなくて。たまにイイネしてくるのは、近しい友人くらいで。それもきっと、友達付き合いの一環だろうし。
家族の言うとおり、大人しく勉強していた方が将来のためにはなるんだろう。
誰にも読んでもらえない小説を書き続けてなんの意味がある。
やめちゃおうかな。
くすぶる妄想の灯火を胸に、冷え切った布団に入って眠りにつく。
私は知らなかった。眠った後に、ポン、とスマホに通知が来たこと。
それはおなじみの友人からで、たった一つのイイネと、たった一文のメッセージ。
「やっぱりあなたの書く小説が好きだよ。この作品の続き、もっと読みたいな」
【お題:夢を見てたい】
「あったかーい……」
温かくて白くてすべすべしていて。凍てつく寒さの中、私はそれを両手で包み込んで頬ずりをする。
「ちょっと」
「ふへへ、いいじゃんこれくらい」
カナトに怪訝そうな顔で見られながらも、私はそれをやめられない。
「あー、ずっとここのままでいたい……」
通学途中のファミマの前。こんな寒い冬の日には、ほかほかの肉まんが一番だ。
ひゅうっと木枯らしが吹く。
「さぶっ」
「早く早く」
カナトがこちらに手を差し出す。指先の赤くかじかんでいる。手袋をしていないのは、さっきまで私と手をつないでいたから。
「俺も寒い」
「やだ。カナトの手、冷たいんだもん」
【お題:ずっとこのまま】
布団から出たくない。
【お題:寒さが身に染みて】
砂時計のガラスが割れると、パキリと小さな音がして、それから甘いような苦いような不思議な香りが立ち上った。
「この香りは?」
「砂ですよ。熟成するんです」
マスターは砂をコーヒードリッパーにあけた。
砂は一見灰色だが、よく見ると色々な粒が混ざっている。金や銀、青やピンクまである。
「この粒ひとつひとつが、あなたの生きてきた時間ですよ」
「生きてきた、時間」
「そう、生まれてから今日までの20年間。長い時間をかけて混ざり合って、こうして独特な香りになる」
お湯が注がれると、砂が柔らかく膨らみ、温かな湯気が立ち上った。
20年か。思い起こせば、辛いことも悲しいことも、色々なことがあったけれど。
「本当に美味しいんですか?」
あまり自信がない。
「それは、飲んでからのお楽しみ」
砂を通過してドリッパーの下に落ちてきた液体は、夜の色をしていた。
骨のように白いコーヒーカップに、私の生きた20年の時間が注がれる。
「どうぞ」
恐る恐る、カップを手に取る。
「いただきます」
ごくっと飲んでみると、なんだ、そのままの味じゃないか。甘くて苦くて酸っぱくて、色々な時間がぎゅっと詰まっていて。
「どう?」
「美味しくない……でも」
すごく温かい。
そう伝えると、マスターは微笑んだ。
「20歳、おめでとう」
【不思議な喫茶店(お題:20歳)】
海のしぶきを浴びて、三日月岩が夜に光る。
「母さんの機嫌が悪い時は、よくここに来るんだ」
服が濡れるのも構わず、彼女は岩へ歩み寄る。
右頬にできたばかりのアザが痛々しい。
「風邪引くよ」
もう帰ろう、とは言えなかった。
私にも彼女にも、心休まる家なんてない。
彼女は慈しむように三日月岩をなでる。
「この岩はね、長い間波にさらされて、柔らかい岩盤が削られてできたんだって」
闇色の地平線から、私たちを誘うように波の音が押し寄せる。
「ねえ、削られた岩はどこに行ったと思う?」
「海の中、かなあ」
彼女は、岩をなでた手のひらを見つめる。
「私、母さんの子供じゃないの」
岩から剥がれたカケラが、彼女の手の上できらきら光っている。
「私は三日月岩から生まれたの。長い間削られて、海でばらばらになって、もう一度陸に上がっても良いかなって思ったから、寄せ集まっていのちになった」
指で押すと、カケラはあっけなく砕けた。
「だからもう、海に帰ってもいいかなあ、って」
彼女の声に涙が混じる。
私は涙ごと彼女を抱きしめる。心が砕けてしまわないように。
【みかづきの子ども(お題:三日月)】