海のしぶきを浴びて、三日月岩が夜に光る。
「母さんの機嫌が悪い時は、よくここに来るんだ」
服が濡れるのも構わず、彼女は岩へ歩み寄る。
右頬にできたばかりのアザが痛々しい。
「風邪引くよ」
もう帰ろう、とは言えなかった。
私にも彼女にも、心休まる家なんてない。
彼女は慈しむように三日月岩をなでる。
「この岩はね、長い間波にさらされて、柔らかい岩盤が削られてできたんだって」
闇色の地平線から、私たちを誘うように波の音が押し寄せる。
「ねえ、削られた岩はどこに行ったと思う?」
「海の中、かなあ」
彼女は、岩をなでた手のひらを見つめる。
「私、母さんの子供じゃないの」
岩から剥がれたカケラが、彼女の手の上できらきら光っている。
「私は三日月岩から生まれたの。長い間削られて、海でばらばらになって、もう一度陸に上がっても良いかなって思ったから、寄せ集まっていのちになった」
指で押すと、カケラはあっけなく砕けた。
「だからもう、海に帰ってもいいかなあ、って」
彼女の声に涙が混じる。
私は涙ごと彼女を抱きしめる。心が砕けてしまわないように。
【みかづきの子ども(お題:三日月)】
1/9/2024, 2:36:53 PM