「君が25歳になったら必ず迎えに行くから」
私の初恋で、夢追い人の彼がさよならを言う前に置いていった言葉だ。
20歳の私は、5年という歳月を永遠と言われるよりも長く感じていた。
そんな気持ちとは裏腹にあっけなく日々はすぎ、今日で26回目の誕生日を迎えた。
私は恋人と、夜景の見える綺麗なレストランで幸せなひとときを過ごしている。
別れた直後は味のしなかったケーキも、今では甘ったるいほど鮮明だ。
彼が残したキザな約束は、嘘に変わった。
23歳で次の恋を選んだ私に怒る権利はない。
それでも、心のどこかで彼がくるのを待っていた。
付き合っていた当時、いつでも手を引いてくれていた彼は、ついに私の足を引っ張ることもやめてしまった。
せっかくのデートで他の人のことを考えてしまっていた私の側にいつのまにか来ていた恋人は、跪いてポケットから何かを取り出した。
「僕と結婚してください」
片方の目から何かが伝うのを感じた。
プロポーズが嬉しいからなのか、約束を永遠に失うことが悲しいからなのか、自分でもよく分からなかった。
それでもたしかに初恋が終わる音がして、私は恋人の手を取った。
お題「さよならを言う前に」
もう手を離さないといけないと思った。
私と彼女を繋いでいたのは、赤い糸なんて不確かなものではなくて、もっと物理的なものだったし、お互いに手繰り寄せて出会えたのだと本気で思っていた。
彼女のことは一目見る前から愛おしかったし、そもそも愛の産物なのだから、出会ったあとに愛さないなんて選択肢はなかった。
だから、彼女の邪魔をする存在は、全て彼女のいる世界から追い出した。
最初は、個性が見られないと言ってきた幼稚園の教諭。次は、彼女を医者にしようと無理矢理塾に入れようとした男。最近では、彼女をそそのかす悪い友人。
こんなに尽くしてきたのに、体が大きくなるにつれてそっけなくなる態度に私は納得がいかなかった。
「私って邪魔かな」勇気を出して聞いた。
「気持ち悪い」そう言った彼女の顔は、引き攣っていたのか、笑っていたのか私には分からなかった。
手を離さないといけないと思った。
学校のはじまりのチャイムがなる頃、私は押入れにしまっておいた彼らの爪をブレスレットのように腕に巻き付けて、一本の太い糸と共に彼女の部屋に行った。
お題:赤い糸
拗らせた風邪をひとりで治して2日ぶりに外に出ると、入道雲がこちらを覗いていた。
越してきたこの街には梅雨がやってこないから、それが夏の合図になった。
ふと2年前の夏を思い出した。
雨と湿気が嫌いな彼女は、天気予報士が梅雨明けを伝えた7月のある日、ふたり分のピザとビールとドーナツを買ってきて、小さなパーティーを開いた。
記念日には無頓着なのに、なんでもない日にお祝いだと言ってケーキを買ってくる彼女らしい行いだった。
祝ったからといって湿気が無くなるわけでもなく、その晩も寝苦しそうな姿を見せる彼女のために、僕はプレゼントを用意した。
Amazonのロゴ入りのダンボールを見て、「なにこれくれるの?」と嬉しそうな彼女に、僕は早速嬉しくなった。
箱を開けると出てきたのは加湿器だった。愕然とする僕の顔を見て全てを理解した彼女は、「せっかくだからアマゾンで育ちそうなタイプの観葉植物とか買ってみる?」と提案してきた。
元気な観葉植物と引き換えにどんどんしょぼしょぼになる彼女を想像して、謝罪と提案のお断りをした。
そのあと2人で1番安い除湿機を買って、これまで通り快適ではない夏を過ごした。
もう2年も経ったらしい。あの除湿機はとっくに捨てられてしまっただろう。1dkの思い出は入道雲のようで、遠くから眺めれば素敵な景色なのに、近づいたら大雨に打たれてしまう。僕は未だに彼女を忘れられない。
お題:入道雲