憧れ

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拗らせた風邪をひとりで治して2日ぶりに外に出ると、入道雲がこちらを覗いていた。
越してきたこの街には梅雨がやってこないから、それが夏の合図になった。

ふと2年前の夏を思い出した。

雨と湿気が嫌いな彼女は、天気予報士が梅雨明けを伝えた7月のある日、ふたり分のピザとビールとドーナツを買ってきて、小さなパーティーを開いた。
記念日には無頓着なのに、なんでもない日にお祝いだと言ってケーキを買ってくる彼女らしい行いだった。
祝ったからといって湿気が無くなるわけでもなく、その晩も寝苦しそうな姿を見せる彼女のために、僕はプレゼントを用意した。
Amazonのロゴ入りのダンボールを見て、「なにこれくれるの?」と嬉しそうな彼女に、僕は早速嬉しくなった。
箱を開けると出てきたのは加湿器だった。愕然とする僕の顔を見て全てを理解した彼女は、「せっかくだからアマゾンで育ちそうなタイプの観葉植物とか買ってみる?」と提案してきた。
元気な観葉植物と引き換えにどんどんしょぼしょぼになる彼女を想像して、謝罪と提案のお断りをした。
そのあと2人で1番安い除湿機を買って、これまで通り快適ではない夏を過ごした。

もう2年も経ったらしい。あの除湿機はとっくに捨てられてしまっただろう。1dkの思い出は入道雲のようで、遠くから眺めれば素敵な景色なのに、近づいたら大雨に打たれてしまう。僕は未だに彼女を忘れられない。

お題:入道雲

6/30/2024, 7:24:34 AM