11. 苦い愛が注がれた たかが小瓶
あなたは「またね」なんて言っていとも簡単にわたしを世界に取り残しました。あなたは私に小さな小瓶を残して私の世界からいなくなりました。もうどこにもいません。
秘密基地にも、空の上にも、海の中にも、どこにもいません。
最初の頃は一緒に行こうと何度も何度も私の手を引っ張った
くせしてそれを拒んだ私なんかはこんなにも
容易く見捨てられるんですね。
拒み続ける私への憎しみがこの小瓶ってわけですか?
私はこの際もうどうすることもできません。
それも全て知っていましたね?
こうしてここから三ヶ月も動けない私は予想通りですか?
あんなにも楽しかった日々を泣けるほど愛おしく思っていたのも私だけだと今更気付いた私は馬鹿なんですね。最初からずっと選択肢なんて一つなのに何に怯えてるんでしょうね。ずっと選択画面で固まったままの私は誰から見ても滑稽でしょうに。
さて、この瓶には蓋がある。
私はこの蓋を開けられずにいた。そして今、目の前には蛇がいて、「私が開けよう」と立ち塞がって動かない。正直のところ、あの時こそはこの世界に執着してたものの、この真っ暗闇な世界に私はさらさら執着なんかしてないのだ。きっと何かが怖いけど、あの時の日々を、あなたを失くした今の方がよっぽど怖くて足がすくんでるだけなのだ。私は蹲ったまま蛇に小瓶を差し出す。
やっと私はあなたに殺されようと思う。会いに行こうと思う。
そう思ってたのにさ。
私の視界には真っ白で無機質な天井が見据えてる。
そこまで言ったらわかるだろう。病室?いつから?
ただわたしの横には次は小瓶の代わりにスマホがある。
そこには生きてた頃のあなたが残した音声メモの羅列だけが続いてる。日付はそこから3年と少し、そうだった。
私が見てたのはあなたが死んで後を追った私の妄想だ。
わたしの全てだったあの世界での日々がこんな一言で終わってしまうのが虚しくて何も出来ない。
ただこの音声を聴いたら全部が終わる気がして。
あの日の「またね」を真っ白な嘘にする気がして。
ただ泣いている。小瓶はもうない。
あの小瓶が口苦い良薬なんかじゃなくて、毒薬だったら
また会えたのに。なんて小言も矛盾してる.
きっと今でも難なく会いにいくことなんてできるのに。
けどまた覚悟が決まるまでには時間がかかりそうなんだ.
これを聴いたらきっともっとかかるだろう。
それなのに、声があまりに甘く優しいから
どうか、またねってまた笑ってくれよ。
ぬるい炭酸と無口な君
9. 差し出し先は今日のあなたで
昨日はあんなに愛してたのに、今は心の底から彼が憎い。
殺したいほど、憎くて憎いのに、
あぁ明日は結局また昨日の通り愛せてるのだろう。
明日の彼になら私だってこんな刺せないままのナイフひた隠しにして笑えるのに、愛せるのに。
今日の憎しみを殺して眠ってしまえばきっと明日は幸せだ。
だからこの一言を言えずにいる。このナイフを刺せずにいる。
彼が不安定になったあの頃からずっとずっと。
彼の波にさらわれた言葉は戻ってくる度鋭利になって
今、凶器として私の手に残ってる。
けど明日の彼が私にこの関係を終わらせてくれない。
いつまで?今日の彼はまた私のナイフを喉元に当てる。
8. 3Dシアターに1人溶け残る
運命だと思った。
運命だって錯覚に気づかないままでいたいと思った。
愛されたいと思った。
薄ぺらな恋の手前、3D眼鏡を掛けてでも愛を見たいと思った。
運命じゃないと知っていた。愛じゃないとわかっていた。
けど、会いたいと思った。
錯覚でも勘違いでもこれだけは本当に。
暑さに揺られて自己暗示も溶けゆく8月。
それなのに、〝心の底から君に会いたいと思った“
7. 見えても灰色、されど7色はきっとある。
「虹が滲んでる」
こんなにも涼しいのはいつぶりだろうか。
ここ最近地球温暖化真っ盛りで飛んだ猛暑が続いていたのに
ここだけこんなに涼しくなるなんて、こいつは一体どんな魔法を使ったんだ。
「なんか言えよ」虹のはるか対極にいるような堕落に溺れたあなたに言われてももはやなんの言葉も出てこない。
当の本人は左手にアルコール缶、右手に煙草、そして煙を吐く生気のない顔、して、クズの観音堂みたいだなんて思った私を横目にベランダからアスファルトを見下してる。
人生終わってるなんで最悪の比喩文句をこいつほど着こなせるやつなんて他にいないだろう。ほら柵にも垂れて眠そうに項垂れてる。口を開けばどーでもいいことかあくびばっか。
あぁ、あと煙草吸っていい?って言ってるのはよく聞くけど
何回聞くんだってぐらい吸うくせに律儀に聞いてくるあたり
憎めない。ふと、lリビングの空き缶溜まったフロアテーブルが目に入る。エアコンが効いた部屋で空き缶ばっか冷やしてても意味がないだろと思うけど、こんな暑い中ニコチン不足のこいつについてベランダに出る私も私だ。「あー消えたわ」トーンから態度まで、実況される虹の身になって欲しい具合に気だるげで適当だ。けど、学生のくせしてこんなことしかしてない私の方がよっぽど人生終わってるのかもしれない。ほら、
アパートの前を通る同年代のカップルを視線でなぞって私も項垂れた。ふと煙草に手を伸ばすもまたこいつにかわされて、ため息を吐く。
「じゃあ、行きましょうか、」「え?どこ?」
隣であがった間抜けな声に
「海」と返して、こいつの続きを演じてやる。
「行かないと、虹の二次会」
思いの外ケラケラ笑うこいつを横目に軽蔑しながら
私はすっと煙草を1本奪う。
そんなこと気にもとめずに彼は言う。
「それって虹の終わりでやってんの?」
「じゃない?」任務を終えた私はそんなことどうでもいい
けどあまりにも無邪気にそんなこと聞いてくるもんだから
こっちまで変なテンションになってくる。やっぱ暑さかな
「じゃあさ、俺らはあえて逆行こうぜ」
なんでだよ。