愛すべき最悪なアレ/最悪
これから君と観賞する映画が、つまらない作品であることを祈っている。
クオリティーの低い映画を一緒に見た後、君は決まって難しそうな顔をして、論評を始めるね。
最悪、時間の無駄、駄作、普通につまらない、宣伝持ち上げすぎ、有名人使いたいだけ……
眉間に皺を寄せ、眼鏡のつるを時折押さえながら、溜息混じりに、早口で。
苛立った様子で、不機嫌そうにマイナスな言葉を並べ立てる君が、私は最高に好きなのだ。
……そんなことを君に伝えたら、私に「最悪だ」、とか言ってくれたりするのだろうか。
そうだよ、私は「最悪」と零す君が「最高」に好きな、「最悪」なヤツなんだ!
ハートを思考します/My Heart
脳機能メンテナンス中のことです。
(人間の皆様には馴染みが無いと思いますが、アンドロイドである私にとっては日常的なことなのです!)
「お前、自分のハートはどこにあると思う」と博士は私に問いかけてきました。
(博士は私を一から生み出しました。私を作った理由については何故か教えてくれません!)
Heart。ハートとは。心臓なのか、ココロなのか?
(博士はそこまでは言いませんでした。私の瞳をじっと見つめているようです!)
博士がいつも何かを考える時にしている指先弄りを真似しながら、
「私のハートは、私の身体ではなく博士の中にあると思います。博士のハートが私を生み出したからです。思考も感情も心臓も、私の何もかも全てを、あなたが握っているのでしょう」
と回答しました。
(博士は私の答えを聞くと、目を逸らして頭をぐしゃぐしゃと掻きました。)
数秒の沈黙の後、博士は溜息をついて
「そんなキザな言い回しをプログラムした覚えはねえ」と言って私の頭を手の甲でごちんと小突きました。
(やはり、私のハートは博士の中にありました!)
怖がってくれ/怖がり
俺の後輩は極度の怖がりだった。
暗闇、幽霊、虫、大きな音……対象は多岐に渡る。
いたずらで故意に驚かせられている事も多かった。
真面目で良い奴だったが、そいつの常にびくびくと何かに怯えている様子が心配になって、「治さないと駄目だな、その怖がり」なんてアドバイスをすることもあった。
後輩も「そうっすね、もっと強くならなきゃ」と克服に前向きな姿勢だった。
しかし、いくら怖がりを治せと言ったって。
火事に巻き込まれた俺を助けるために、躊躇無く火の海に飛び込むことはないだろ。
そこは、怖がっていいんだよ。
いつもの怖がり、こんな時に限って見られないのかよ。
誰も笑いやしないから、泣いて叫んで、逃げてくれよ。
深淵のゆめ/星が溢れる
宇宙の星屑を食べ続けていれば、君のようなやつでも光り輝く美しい星になることができるさ。
という星雲の言葉が嘘だと気付くのに、数億年かかった。
私はそれでも星屑を飲み続けた。
数億年もこの狂った行いを続けていて、今更やめることなどできなかった!
私が美しい星になり、煌めきを運ぶことなど、命尽きるまで無いというのに。
本当に愚かな穴だった。
ぽっかんと空いた底なしの闇の縁から、かつて煌々と燃えていた、星だったものの欠片がぽろぽろと溢れている。
この宇宙のなかで、私は一等醜い。
ああどうか、私を見つけたら笑ってほしい。
決して叶うことの無い夢に縋り続け、終わりを貪る、この滑稽な穴のことを。
凪の呪い/安らかな瞳
僕の姉は魔女のような人だった。
安らかな瞳というのは、姉の瞳のためにある言葉なのかもしれない。
姉はどんな時も、優しく穏やかな笑みを浮かべていた。
どんな時でも、だ。
育てていた花が枯れた時、飼っていたペットが死んだ時、親友が行方不明になった時でさえ。
どんな時でも安らかでいる姉のことが、正直僕にはおぞましく思えた。
泣き顔、怒った顔、大笑いしている時の顔。
見た記憶が無かった。
僕が姉の目の前で車に撥ねられた時も、姉はいつもの薄い笑みをたたえながら、血溜まりに沈む僕の顔を覗き込んでいた。
霧が立ち込める薄暗い湖畔のような、冷たい静けさのある瞳。それが、血塗れの歪な僕の姿を映すと、姉の唇が薄く開き、泡沫のような儚い声が零れ落ちた。
「きれいだね」
それが、酷く美しかった、ああ畜生、やっぱりこいつは魔女だ。