凪の呪い/安らかな瞳
僕の姉は魔女のような人だった。
安らかな瞳というのは、姉の瞳のためにある言葉なのかもしれない。
姉はどんな時も、優しく穏やかな笑みを浮かべていた。
どんな時でも、だ。
育てていた花が枯れた時、飼っていたペットが死んだ時、親友が行方不明になった時でさえ。
どんな時でも安らかでいる姉のことが、正直僕にはおぞましく思えた。
泣き顔、怒った顔、大笑いしている時の顔。
見た記憶が無かった。
僕が姉の目の前で車に撥ねられた時も、姉はいつもの薄い笑みをたたえながら、血溜まりに沈む僕の顔を覗き込んでいた。
霧が立ち込める薄暗い湖畔のような、冷たい静けさのある瞳。それが、血塗れの歪な僕の姿を映すと、姉の唇が薄く開き、泡沫のような儚い声が零れ落ちた。
「きれいだね」
それが、酷く美しかった、ああ畜生、やっぱりこいつは魔女だ。
3/14/2024, 1:30:14 PM