綺麗過ぎて息を呑むという経験をこれまで生きてきて初めてした
光に照らされた彼女は本当に綺麗で、僕の乏しい語彙力じゃとても表せなかった
住んでる世界が違う
本当にこう思うことがあるんだな
優しい彼女はそんなこと言わないでと言ってくれたけど、やっぱり違うんだよ
神様のほんのちょっとした意地悪で横道に少しだけ逸れた彼女
その逸れた道にたまたま突っ立ってた僕がたまたま彼女と関われただけ
なんて運の良い奴なんだろう
偶然が重なっただけ
そうじゃなきゃおかしいよ
光に照らされた彼女は本当に綺麗だ、ああやっぱり僕の知ってる言葉じゃ表せないよ
最後にもう一度その美しさを目に焼き付けて背を向けて歩いていく
あの輝きに少しでも触れられただけで、僕はとても幸運な人間だと思う
その喜ばしさを胸に、輝く世界から何の変哲もない日常に戻っていく
いつのまにか涙が出ていたみたいで頬が冷たい
綺麗過ぎて、涙が出るという経験を僕は生まれて初めてした
そうだよ、あまりに彼女が綺麗過ぎて泣いたんだ
決して愛しいなんて烏滸がましい感情じゃない
そう自分に強く言い聞かせた
「これ、本当に書いてたんだ…」
私にはママとお母さんがいる
ママは私を産んでくれた人で
お母さんは父親が再婚した人だ
当時小さくて生意気な私は「家族になっても良いかな?」と目線を合わせて聞いてくれたお母さんに対して
「家族になりたい理由を紙に書いて」とそっぽを向いて言い放った
お父さんは怒ってたし、お母さんは困ってた
本当に可愛くない子どもだったと思う
結局その後、何回か皆んなで出掛けて、徐々に私はお母さんに慣れていって
お父さんとお母さんは再婚した
複雑な気持ちがなかったわけではないけど、割と上手くやってたと思う
お母さんは普通のお母さんになってくれた
優しい時は優しくて、怒るところは怒る
自分がこの人から産まれてないって忘れる程だった
久しぶりに実家に帰ってきたのは年末年始の休みがあったから
正月は皆でトランプやったなってお父さんが急に言い出して、そう言えばトランプどこやったっけ?ってお母さんが言い出して、押し入れじゃない?って言った私が探しに行かされた
そんな時押し入れから出てきた有名なお菓子の黄色い缶
その中から出てきたのはトランプじゃなくて、ひらがなと簡単な漢字で書いてある大量の便箋
“〇〇ちゃんとお父さんとかぞくになりたいのは〇〇ちゃんとお父さんが大すきだからです”
“3人でゆうえんちにいったときにこにこしてくれたね!これからもまたいっしょ行きたいです”
“ママが大すきな〇〇ちゃんが大すきです、ママのおはなしたくさんきかせてほしいな”
“これから〇〇ちゃんとお父さんとずっといっしょにたくさんわらっていたいです”
何度も書いては消されていて読みづらい箇所がいっぱいあった
きっと一生懸命、何度も考えながら書いてくれたんだろう
一度も読ませてくれたことはなかったけど
「トランプ見つかった?それ…」
部屋に入ってきたお母さんは私が持ってる手紙を見て驚いた顔をしてる
「こんなに書いてくれたのに、どうして渡してくれなかったの?」
「…上手く書けなくて、子どものあなたに気を遣わせたくないし、なんて言ったら伝わるかなとか…たくさん書き直してるうちにあなたが受け入れてくれたからもう渡す必要ないかって」
「渡してくれたら良かったのに…」
「良いのよ、もうお母さんの夢は叶ったんだから」
「夢って?」
「あなたのお母さんになること」
もう捨てちゃうかってお母さんがいくつか手紙を手に取ったから私はそれを慌てて奪い返す
「これは私宛の手紙なんだから私のもの!」
私は外に出した手紙を大事に缶に戻す
生意気な小さい頃の私
まだ受け入れなくてお母さんにひどいこともたくさん言っただろう
お母さんって呼ぶのも少し時間がかかった
そんな時お母さんはどう思ってたんだろう
寂しかったかな、辛かったかな
それでも私のお母さんになるのが夢だったって
それが叶ったって言ってくれるんだな
「お母さん…」
「ん?」
「私のお母さんになってくれてありがとう」
そんな事恥ずかしくていつもは言えないけど言わなきゃならない気がした
当時たくさん考えながらこの手紙を書いてくれたお母さんに
私と打ち解けようと頑張ってくれたお母さんに
私をここまで育ててくれたお母さんに
今も心配してくれてるお母さんに
顔を上げたらお母さんは笑ってたけど今にも泣きそうな顔だった
「ほら、お母さんの夢叶ちゃったでしょ」
その顔を見て、その言葉を聞いたら私も泣きそうになっちゃって、2人でぐずぐずいってた
その後、なかなか帰ってこない私とお母さんの様子を見にきたお父さんが泣いてる私達を見てオロオロしてた
「バイバイ」
高校生活最後の日に言われたのと同じように言われて腹が立った
吸えるようになったタバコも、飲めるようになったブラックコーヒーも
その全部に苛ついた
同時にあの時手を伸ばせなかった自分に
今も全く忘れられない自分に
吐き気がした
「バイバイなんて、今度は言わせないから」
離れてく背中が止まって振り返る
口の端が笑ってる
それでいいよ
全部思い通りでもいいよ
今度は絶対バイバイなんてさせない
走り寄って、ムカつく程似合うネクタイを掴んで口付ける
仕掛けたのはそっちなんだから
責任もって落ちさせろ
「冬至なので今日は柚子湯です」
「冬至なので買って来ました」
玄関ドアが開いて2人で同時に言葉を発して、同時に固まった
柚子湯をせっせと準備していた私と柚子片手に帰って来た夫君
そしてもう片方の手に会社の鞄とビニール袋が握られているのが見える
なんだ、この溢れ出るお惣菜感は…
「まさかそのビニール袋って…」
「かぼちゃの煮物です…もしや今日の夕飯って…」
「かぼちゃの煮物です…」
言って2人で項垂れる
やっちまった…そして今回だけではない…
「いやー、ポッキーの日もやったね…」
「やったね…俺大量の細いやつ買ったよね」
「私普通のにした…あれ、ちょっとしたパーティーだったよね…」
過去の失敗に思いを馳せながら私達は何故か風呂に直行して湯船に浮かんだ柚子を突いている
匂いを堪能したくて少しだけ切り込みを入れたのは正解だったようだ
「連絡とれば良いんだよね、俺買ったよとか」
「思うにその時になったら忘れてまた同じことやってるよ、私達だし」
「そうだね…」
2人でいーにおいと言いながら何の意味もなく突き続ける
「あ、そうだ。俺が買って来たのも入れちゃう?」
「えーどうしよう…勿体無い気もする…」
2人で取り留めもない話をしながら流れる時間
ゆったりとした時間だ
その時間を遮るように香ばしい匂いが漂ってきた
というか焦げ臭い
「しまったっ!!かぼちゃぁぁぁぁぁー!!!」
唐突に今日の晩御飯のかぼちゃのことを思い出し、私はキッチンに直行していた
鍋の中には恐らく底の方が焦げてあるであろうかぼちゃがいらっしゃった
煮詰めようと思っていたのに煮詰まり過ぎてしまった
「うう…ごめんよかぼちゃ…でもこれくらいなら美味しく食べるからね…」
落ち込む私の横で何故か夫君は腹を抱えて笑っている
なんだ、失礼なやつだな
「凄かったよ、かぼちゃーって言いながら走ってく時の顔」
本当に失礼なやつだな、こいつ
夕御飯の危機だったんだぞ
いけないの私だけど
「そんな顔しないでよ。今日はさ、作ってくれたかぼちゃと俺が買って来たスーパーのかぼちゃ食べて、温かい柚子湯に入って、そして俺特製のゆず蜂蜜のホットドリンクで乾杯しよ!」
「ゆず蜂蜜!?」
なんて素敵な響き!
どっちも好き!
「食べる!入る!飲む!!」
「わかった、わかった」
なんて何気ない日常でしょう
でも新しく迎える年も2人で怪我なく、病気なく、失敗して大笑いして楽しく過ごせたらそれだけで充分
日常を幸せだなと感じられることが私の幸せだ
何気なく手に取った柚子から爽やかな香りがする
幸せの香りだなと思ったのはちょっと大袈裟だったかな
「泣きたい夜なので失礼します」
「えっ…?」
そう一言呟いて、電話を切った
部屋に広がった静寂にまた涙が出てくる
落ち込む事があった
他の人には何気ないことでも私には大きなことだった
電話する前に散々泣いたのにまだまだ涙は出てくる
こんなに彼女が泣いてたら楽しい気持ちになれないでしょって思って今日会いに来てくれるはずだった彼の訪問を断った
本当は会いたかった、泣いてる理由話して、また大泣きして、頭撫でてもらって
温かい想像をしたけど、仕事で疲れてる彼にも申し訳ないし、きっと今日は会わない方が良い
良いって思うのに
1人は寂しくてやっぱり会いたくてまたぼろぼろぼろぼろ泣いてしまう
…会いたいな
寒い!家まで来たから早く鍵開けてって連絡が来たのをスマホが知らせた瞬間、玄関に走っていた
ドアを開けたらモコモコの彼、首周りが特に暖かそうだ
「え、来てくれたの…?」
「来てほしいんだろうなって思ったから」
えー…なんでわかるの…
なんだかびっくりしたのと嬉しさで更に泣きたくなって、しゃがみ込んで膝に顔を埋めた私の頭が大きな手で撫でられる
「私泣きたい夜だって言ったのに…」
「1人で…って言ってなかったし、会いたいから電話で断って来たんでしょ、メッセージだって良かったのに、会いたいんならそりゃ行くでしょ」
「ごめん…なんか余計な電話したかも」
「電話じゃなくても気づいたと思うから大丈夫だよ」
「気づくのか…」
「気づきたいって思ってるからね」
そっか…
言葉の一つ一つが温かくて優しくて泣けてくる
なんて涙腺の緩い夜でしょう
もう今日は大泣きしてたっぷり話聞いてもらって、明日には忘れよう
「ねぇ、とにかく家だからってそんな寒そうな格好してないで温かくして、膝掛けでもかけて、温かい飲み物でも飲みな。全部用意してあげるから。用意できたら準備万端で全力で泣きな」
そう言って親指を立てられて
いやいや…
「逆に泣きづらいでしょ!」
思わず噴き出した私を見てる彼の顔があからさまにほっとしてて、ああ…ダメだ…って今日はダメなんだってって…またまた泣き出した私に彼は慌てて温かいものを準備してくれて
グズグズ言う私をソファに座らせて、たくさん話を聞いて、たくさん頭を撫でてくれた