壊れそうなくらい暑い夏だった
頑張り過ぎてる太陽に舌打ちをしながら、前を歩く背中を眺めてた
張り付いたYシャツ、大丈夫かってくらい汗をかいてる背中
お互い様なんだろうが、こちらが前を歩いてなくて良かったなと思った
まぁ、こちらの場合はちゃんとリュックを背負っているからそんなに見えないだろうけど
あちらは背中に当たる熱が不快らしく使い古されたリュックは降ろされ手で持っているのでリュックとしての機能を果たさせてもらえていなかった
リュックの紐が地面についている
後から思った、教えてやればよかったと
あの時は頭がぼーっとしていて思い付かなかった
「ダメだ…暑すぎる…コンビニ寄らない?」
数分にぶりに発せられた言葉
指さされたコンビニの青と白に目眩がする
「入ろう、今すぐ」
前を歩いていたのはあちらだったのにコンビニ入る時はこちらが先だった
軽快な音共に開いた自動ドア、音に反応したいらっしゃいませーの店員の声と共にぶわっと涼しい空気が駆け抜ける
「オアシス…」
思わず呟いたこちらの言葉に吹き出しながらあちらはいそいそと冷凍ケースに向かった
「あ、こっち冷凍食品だ、横か」
独り言を呟きながら横のケースに移動する。
何にする?ってこちらもアイスを買うこと前提の問いかけにそれでも文句を言う気にはなれず隣に並んで選ぶ
自宅で食べる箱入りのアイスと違ってお値段はまあまあするが大きさや目新しさが申し分ない
数ある中からこちらが選んだのはなんの変哲もない棒についたバニラのアイスクリーム
アイスといえばバニラ、これはこちらの鉄板だ
「えーこんなに暑いのにバニラアイス…?」
怪訝そうな顔のあちらが手に取ったのはいわゆるアイスキャンディー
ソーダの味としゃりしゃりした食感がすぐに浮かぶ
夏を感じるパッケージだ
「アイスはバニラなんだよ」
こちらの呟きに向こうは特に気にした様子もなく、持っていたアイスが奪われ、そのままレジに向かう
奢ってくれるらしい
「会計してくるから、外出てて…いやダメだ、中にはいて」
レジから離れていろと外を提案したところで先程の暑さを思い出したらしい
言われた通り入口近くに場所を落ち着ける
程なくして戻ってきた手にはアイスがそのまま、確かに袋はいらないか、すぐ食べるし
ありがたいことに設置されているゴミ箱に外袋を捨て、アイスを食べながら外に出る
急に蘇った熱気に心が折れそうになるが、アイスを手に入れた2人にはこんな暑さなど…
いや無理だけど、無理は無理だけどさっきよりはマシ
また同じポジションで歩き始め、お互い話さず黙々とアイスを食べる
甘くて美味しいバニラアイス…やっぱりアイスはバニラだ…
口元だけに感じる冷たさにそれでも少し癒される
前の背中は少しだけ汗がひいてる
コンビニ様々だ
早々にアイスを食べ終えたらしい背中がこちらを向いた
振り返るとは思わず驚いたこちらとあちらはただ何か言いたげな顔をしている
なんだ?と顔で示して見せたが、それが伝わったのか口を開いてやめた
「何?」
「なんでもない」
なんでもない顔じゃないだろう
突き詰めようと思って一歩踏み出した時、手にあったアイスが溶けてポタリっと地面に落ちた
落ちた白い模様をぼけっと見つめる
次の瞬間にはアイスをバクバクと食べ進めていた
これ以上こぼれてはいけない
前の背中はまた汗が滲んでいて、また変わらずその姿を見つめた
ただそれだけ
青春のエピソードというには弱いネタだ
今年も夏がきた
あの頃よりも太陽が働き過ぎている気がする
今バニラアイスなんぞ食べれば開けた瞬間からポタポタ垂れるんじゃなかろうか
見上げた太陽は煌めき過ぎていて眩しい
キラキラじゃないギラッギラッしている
暑い…この暑さなのに日傘を忘れ、舌打ちをした
目的地まで後10分
途中で倒れやしないだろうか…不安になる程の暑さ…見上げた先に輝く青と白
気がついたら入っていて、ぶわっと来た冷気に気持ちが浮上する
そのままアイスケースに向かい冷凍食品かどうか確認したが普通にアイスのケースだった
この店は縦に並ぶケースの方に冷凍食品が入っているらしい
色んな店があるんだなと思いながらお目当てのアイスを見つけレジに向かう
ゴミ箱に外袋を入れ、アイスを手に持ちながら外に出た
怯みそうになる暑さにクラクラするがこちらにはアイスがある
勝てるわけではない
アイスを食べながら歩く道、あの頃より涼しい服で歩けているが暑さはこちらの方が上
先まで背負っていたバッグは暑くて手に持っているので背中が少し涼しい
確かにこれは背負っていられない暑さだなと思う
目的地まで後8分
頑張れ頑張れと自分を奮い立たせて歩く
余計なことが頭に浮かんだ
振り向いたあの時、あちらは何を言おうとしていたのか
あの時手に持っていたアイスがこぼれなければこちらはそれを聞いていたのか
どんな顔してたっけ?
思い出そうとしてももう思い出せない
口元に持っていたアイスが下から溶け、ポタリっと地面に落ちる
地面は透明な模様が少しできて終わった
もうこぼれないようにバクバクと食べ進める
しゃりしゃりとした食感とソーダの味が美味しい
なんてことない夏の話
ただそれだけ
例えば連れてる女の子が毎回違うとか
都合の良い時しかやり取りしない女の子の連絡先が溢れてるスマホとか
好きになれない
どころかぶん殴ってやりたくなるほど最低な人種だと思う
いつか適度に刺されればいい
私の人生で一生縁のない男だと思っていたクソ野郎は
2年付き合った末、こっぴどく振られた私の事を大爆笑しながら慰めてきた
タバコ吸いながら、割と最低な事言いながら
まぁそのうちいい男見つかるよって
まぁお前よりはな
美味いもん奢ってやるよって
万年金欠の癖に
どうのこうの言いながら
前を歩く背中がくるりと振り返って
その男見る目ねぇなって
なんでこういう時にそんな顔するかね…
こっちは傷心よ、そんな顔されたらさ…あるじゃない、色々と
私の人生で一生縁のない男だと思っていたクソ野郎は
2年付き合った末、こっぴどく振られた私の事を優しい顔しながら慰めてきた
あーあ、こんなクソみたいな男なのにな
嫌いになりたいのにな
何食いたい?って楽しそうに聞くから
高いもの!って答えたら
少し遠慮しろ!って怒られた
綺麗過ぎて息を呑むという経験をこれまで生きてきて初めてした
光に照らされた彼女は本当に綺麗で、僕の乏しい語彙力じゃとても表せなかった
住んでる世界が違う
本当にこう思うことがあるんだな
優しい彼女はそんなこと言わないでと言ってくれたけど、やっぱり違うんだよ
神様のほんのちょっとした意地悪で横道に少しだけ逸れた彼女
その逸れた道にたまたま突っ立ってた僕がたまたま彼女と関われただけ
なんて運の良い奴なんだろう
偶然が重なっただけ
そうじゃなきゃおかしいよ
光に照らされた彼女は本当に綺麗だ、ああやっぱり僕の知ってる言葉じゃ表せないよ
最後にもう一度その美しさを目に焼き付けて背を向けて歩いていく
あの輝きに少しでも触れられただけで、僕はとても幸運な人間だと思う
その喜ばしさを胸に、輝く世界から何の変哲もない日常に戻っていく
いつのまにか涙が出ていたみたいで頬が冷たい
綺麗過ぎて、涙が出るという経験を僕は生まれて初めてした
そうだよ、あまりに彼女が綺麗過ぎて泣いたんだ
決して愛しいなんて烏滸がましい感情じゃない
そう自分に強く言い聞かせた
「これ、本当に書いてたんだ…」
私にはママとお母さんがいる
ママは私を産んでくれた人で
お母さんは父親が再婚した人だ
当時小さくて生意気な私は「家族になっても良いかな?」と目線を合わせて聞いてくれたお母さんに対して
「家族になりたい理由を紙に書いて」とそっぽを向いて言い放った
お父さんは怒ってたし、お母さんは困ってた
本当に可愛くない子どもだったと思う
結局その後、何回か皆んなで出掛けて、徐々に私はお母さんに慣れていって
お父さんとお母さんは再婚した
複雑な気持ちがなかったわけではないけど、割と上手くやってたと思う
お母さんは普通のお母さんになってくれた
優しい時は優しくて、怒るところは怒る
自分がこの人から産まれてないって忘れる程だった
久しぶりに実家に帰ってきたのは年末年始の休みがあったから
正月は皆でトランプやったなってお父さんが急に言い出して、そう言えばトランプどこやったっけ?ってお母さんが言い出して、押し入れじゃない?って言った私が探しに行かされた
そんな時押し入れから出てきた有名なお菓子の黄色い缶
その中から出てきたのはトランプじゃなくて、ひらがなと簡単な漢字で書いてある大量の便箋
“〇〇ちゃんとお父さんとかぞくになりたいのは〇〇ちゃんとお父さんが大すきだからです”
“3人でゆうえんちにいったときにこにこしてくれたね!これからもまたいっしょ行きたいです”
“ママが大すきな〇〇ちゃんが大すきです、ママのおはなしたくさんきかせてほしいな”
“これから〇〇ちゃんとお父さんとずっといっしょにたくさんわらっていたいです”
何度も書いては消されていて読みづらい箇所がいっぱいあった
きっと一生懸命、何度も考えながら書いてくれたんだろう
一度も読ませてくれたことはなかったけど
「トランプ見つかった?それ…」
部屋に入ってきたお母さんは私が持ってる手紙を見て驚いた顔をしてる
「こんなに書いてくれたのに、どうして渡してくれなかったの?」
「…上手く書けなくて、子どものあなたに気を遣わせたくないし、なんて言ったら伝わるかなとか…たくさん書き直してるうちにあなたが受け入れてくれたからもう渡す必要ないかって」
「渡してくれたら良かったのに…」
「良いのよ、もうお母さんの夢は叶ったんだから」
「夢って?」
「あなたのお母さんになること」
もう捨てちゃうかってお母さんがいくつか手紙を手に取ったから私はそれを慌てて奪い返す
「これは私宛の手紙なんだから私のもの!」
私は外に出した手紙を大事に缶に戻す
生意気な小さい頃の私
まだ受け入れなくてお母さんにひどいこともたくさん言っただろう
お母さんって呼ぶのも少し時間がかかった
そんな時お母さんはどう思ってたんだろう
寂しかったかな、辛かったかな
それでも私のお母さんになるのが夢だったって
それが叶ったって言ってくれるんだな
「お母さん…」
「ん?」
「私のお母さんになってくれてありがとう」
そんな事恥ずかしくていつもは言えないけど言わなきゃならない気がした
当時たくさん考えながらこの手紙を書いてくれたお母さんに
私と打ち解けようと頑張ってくれたお母さんに
私をここまで育ててくれたお母さんに
今も心配してくれてるお母さんに
顔を上げたらお母さんは笑ってたけど今にも泣きそうな顔だった
「ほら、お母さんの夢叶ちゃったでしょ」
その顔を見て、その言葉を聞いたら私も泣きそうになっちゃって、2人でぐずぐずいってた
その後、なかなか帰ってこない私とお母さんの様子を見にきたお父さんが泣いてる私達を見てオロオロしてた
「バイバイ」
高校生活最後の日に言われたのと同じように言われて腹が立った
吸えるようになったタバコも、飲めるようになったブラックコーヒーも
その全部に苛ついた
同時にあの時手を伸ばせなかった自分に
今も全く忘れられない自分に
吐き気がした
「バイバイなんて、今度は言わせないから」
離れてく背中が止まって振り返る
口の端が笑ってる
それでいいよ
全部思い通りでもいいよ
今度は絶対バイバイなんてさせない
走り寄って、ムカつく程似合うネクタイを掴んで口付ける
仕掛けたのはそっちなんだから
責任もって落ちさせろ