「冬至なので今日は柚子湯です」
「冬至なので買って来ました」
玄関ドアが開いて2人で同時に言葉を発して、同時に固まった
柚子湯をせっせと準備していた私と柚子片手に帰って来た夫君
そしてもう片方の手に会社の鞄とビニール袋が握られているのが見える
なんだ、この溢れ出るお惣菜感は…
「まさかそのビニール袋って…」
「かぼちゃの煮物です…もしや今日の夕飯って…」
「かぼちゃの煮物です…」
言って2人で項垂れる
やっちまった…そして今回だけではない…
「いやー、ポッキーの日もやったね…」
「やったね…俺大量の細いやつ買ったよね」
「私普通のにした…あれ、ちょっとしたパーティーだったよね…」
過去の失敗に思いを馳せながら私達は何故か風呂に直行して湯船に浮かんだ柚子を突いている
匂いを堪能したくて少しだけ切り込みを入れたのは正解だったようだ
「連絡とれば良いんだよね、俺買ったよとか」
「思うにその時になったら忘れてまた同じことやってるよ、私達だし」
「そうだね…」
2人でいーにおいと言いながら何の意味もなく突き続ける
「あ、そうだ。俺が買って来たのも入れちゃう?」
「えーどうしよう…勿体無い気もする…」
2人で取り留めもない話をしながら流れる時間
ゆったりとした時間だ
その時間を遮るように香ばしい匂いが漂ってきた
というか焦げ臭い
「しまったっ!!かぼちゃぁぁぁぁぁー!!!」
唐突に今日の晩御飯のかぼちゃのことを思い出し、私はキッチンに直行していた
鍋の中には恐らく底の方が焦げてあるであろうかぼちゃがいらっしゃった
煮詰めようと思っていたのに煮詰まり過ぎてしまった
「うう…ごめんよかぼちゃ…でもこれくらいなら美味しく食べるからね…」
落ち込む私の横で何故か夫君は腹を抱えて笑っている
なんだ、失礼なやつだな
「凄かったよ、かぼちゃーって言いながら走ってく時の顔」
本当に失礼なやつだな、こいつ
夕御飯の危機だったんだぞ
いけないの私だけど
「そんな顔しないでよ。今日はさ、作ってくれたかぼちゃと俺が買って来たスーパーのかぼちゃ食べて、温かい柚子湯に入って、そして俺特製のゆず蜂蜜のホットドリンクで乾杯しよ!」
「ゆず蜂蜜!?」
なんて素敵な響き!
どっちも好き!
「食べる!入る!飲む!!」
「わかった、わかった」
なんて何気ない日常でしょう
でも新しく迎える年も2人で怪我なく、病気なく、失敗して大笑いして楽しく過ごせたらそれだけで充分
日常を幸せだなと感じられることが私の幸せだ
何気なく手に取った柚子から爽やかな香りがする
幸せの香りだなと思ったのはちょっと大袈裟だったかな
「泣きたい夜なので失礼します」
「えっ…?」
そう一言呟いて、電話を切った
部屋に広がった静寂にまた涙が出てくる
落ち込む事があった
他の人には何気ないことでも私には大きなことだった
電話する前に散々泣いたのにまだまだ涙は出てくる
こんなに彼女が泣いてたら楽しい気持ちになれないでしょって思って今日会いに来てくれるはずだった彼の訪問を断った
本当は会いたかった、泣いてる理由話して、また大泣きして、頭撫でてもらって
温かい想像をしたけど、仕事で疲れてる彼にも申し訳ないし、きっと今日は会わない方が良い
良いって思うのに
1人は寂しくてやっぱり会いたくてまたぼろぼろぼろぼろ泣いてしまう
…会いたいな
寒い!家まで来たから早く鍵開けてって連絡が来たのをスマホが知らせた瞬間、玄関に走っていた
ドアを開けたらモコモコの彼、首周りが特に暖かそうだ
「え、来てくれたの…?」
「来てほしいんだろうなって思ったから」
えー…なんでわかるの…
なんだかびっくりしたのと嬉しさで更に泣きたくなって、しゃがみ込んで膝に顔を埋めた私の頭が大きな手で撫でられる
「私泣きたい夜だって言ったのに…」
「1人で…って言ってなかったし、会いたいから電話で断って来たんでしょ、メッセージだって良かったのに、会いたいんならそりゃ行くでしょ」
「ごめん…なんか余計な電話したかも」
「電話じゃなくても気づいたと思うから大丈夫だよ」
「気づくのか…」
「気づきたいって思ってるからね」
そっか…
言葉の一つ一つが温かくて優しくて泣けてくる
なんて涙腺の緩い夜でしょう
もう今日は大泣きしてたっぷり話聞いてもらって、明日には忘れよう
「ねぇ、とにかく家だからってそんな寒そうな格好してないで温かくして、膝掛けでもかけて、温かい飲み物でも飲みな。全部用意してあげるから。用意できたら準備万端で全力で泣きな」
そう言って親指を立てられて
いやいや…
「逆に泣きづらいでしょ!」
思わず噴き出した私を見てる彼の顔があからさまにほっとしてて、ああ…ダメだ…って今日はダメなんだってって…またまた泣き出した私に彼は慌てて温かいものを準備してくれて
グズグズ言う私をソファに座らせて、たくさん話を聞いて、たくさん頭を撫でてくれた
子どもが生まれたら余裕なんて全くなくて
いつも常に動いてるし、睡眠だって満足にとれてない
ねぇ人間って夜通し泣けるの?
この小さな身体のどこにそんなに体力があるの?
本当に私の子か?
もうダメだ…と力尽きていたら代わるよと腕の中の重みが消えた
ええ…明日仕事でしょ…
いいよって言っても寝れないと辛いでしょって
いやいや、あなたの方が辛いでしょうよ
世の旦那様は育児に参加しない方が多いと言うがうちはかなり参加してくれる方だ
有難いやら私が情けないやら…
「いつまでこうなんだろうね…」
思わず愚痴っぽくなっちゃって、ああ、こんなこと言うべきじゃなかったなって謝ろうとしたら腕の中の子どもを愛おしそうに見つめてる顔が見えた
「今はすごく大変だけどきっといつか、いつまでもこうだったら良かったなって思う日が来るよ」
親みたいな顔で親みたいなことを言って
そうだよ、親だよ
私だってこの人だってもう人の親なんだから
私は情けないことばっかり言うけど悩んだ時は背中を押してもらって、できれば逆も出来たら良い
どんな時だって2人でいるんだから最強じゃない
最強の育児仲間じゃない
きっとこれから先ももっともっと大変なことがあるだろうし、壁にぶち当たることだってあるだろうけど2人でいれば平気だよ
いつかこの子が大きくなったらさ、巣立つ日が来たらさ
2人でぼろぼろ泣きながら乾杯でもして称え合おうよ
その頃はお酒じゃなくて熱いお茶の方が美味しくなってる頃かもしれないけど、頑張ったねって2人で言い合えるようになってたら良いよね
その時まで頼むよ、相棒
そんな事をしみじみ思ってたらやっぱり今の時間だって凄く大事に思えて
いつかこんな何気ない日常を慈しむ日が来るんだろうなと思う
それはやっぱり寂しくて、そしてとても誇らしいんだろうな
…まぁ、それはそれとして
とりあえずそろそろ寝ませんか?
隣り合って手を繋いで生きていきたい
引っ張ってもらうのは絶対嫌で、引っ張っていける程強くもない
程よく無理せず
2人で揃って歩いてゆきたい
きっと喧嘩した時は繋いだ手を振り払って、先に行く!って乱暴に言うだろうから
その時は追いかけきて握り直してほしい
いじっぱりで素直とは程遠いので多分離れてったら戻り方がわからなくなるから、戻してほしい
その時は怒ってるかもしれないけど、嫌いだって言うかもしれないけどそんなの全部嘘だから見捨てないでほしい
そう伝えたら、目を丸くして「今日やけに素直じゃない?変なもの食べた?」と言われた
この野郎…そういうとこだぞ!デリカシーと言うものをだな!
もういい!って怒って先を行こうとしたら急に右手が取られた
温もりが伝わってくる
「えっ?」
「えっ?だって先行ったら戻してって」
いや、それは精神的な話であってね?何も四六時中手を繋いで歩いて行こうってわけではなくてね?そういう生き方をしていきたいっていう話でね、物理的なことではないのですよ
呆れて色々と言ったのに別にいいじゃんって握った手を満足そうに見られたら結局何も言えなくなってされるがまま、手は繋がれたまま
まぁ、冬だし?こっちのが体温低いし?今日一段と冷えるし?
色々言い訳を重ねても、またこうやって押し切られる自分の未来が見えてきた
きっとこんな感じでこれからも生きてく
ちょっと悔しいけど、まぁ悪くはないよ
幸せにしてもらったと胸を張って言える
この6年間は私の人生の全てでした
私だって同じくらい幸せにしたい
そう思える人を置いて私はいきます
期限を決められた私の命ではあなたの横にずっといることはできないのです
明日が来る事が奇跡みたいな私と明日を迎えることが当然のように出来るあなたでは一緒に生きることはできないのです
あなたは同じように明日を迎えられる人と幸せになってね
嫌だ嫌だと子どものように泣くあなたが私は大好きで
ごめんね、君の方が辛いよね…と気遣ってくれるあなたが愛しいです
代われたら代わりたいないなんて言わないで
そんな事されたら私は一生私を許せません
あなたは私以外好きになれないと言ってくれますが
私はあなたが素敵な奥様と可愛いお子さんに囲まれている未来がふわふわと見えているのです
妬んでいるわけでも、僻んでいるわけでもありません
あなたの幸せが私のささやかな願いなのです
あなたに降り掛かる脅威など私が幽霊になってぶっ飛ばしてやります
そしてあなたが心から想える素敵な人と出逢ったらそっと成仏するのです
そしたら私幽霊になっても幸せじゃないですか
だから泣かないでね
あなたにはたくさんの感謝しかありません
出逢ってくれてありがとう
愛してくれてありがとう
泣きそうな時いつも飛んできてくれてありがとう
酔っ払ったらすぐ迎えにきてくれてありがとう
趣味じゃない映画も私に合わせて観てくれてありがとう
好きじゃない甘いものも一緒に食べてくれてありがとう
大きい事も小さい事もあなたに感謝したい事がいっぱいあって止まりません
でもね、謝らなきゃいけない事もたくさんあります
病気になったこと、あなたとずっと一緒にいる事ができない事、あなたを1人にしてしまう事
でもこれ言ったらあなた泣いちゃうから
一つだけ
これだけはあなたにどうしても謝ってからいきたいです
病気になった時
別れてって言ってごめん
愛してくれた6年間を蔑ろしてごめん、あなたの気持ちを見縊ってごめん
これだけはずっとずっと言おうと思ってたのです
たくさんの感謝とほんの少しの罪悪感を残して私はいきます
最後まであなたの事を考えていられるのですから
私の人生はやっぱり幸せでした