喧嘩などしたことがなかった。
時に衝突することも必要だったのかもしれないが、
感情を表に出すことが苦手な僕たちはとてもよく似ていて
お互い相手の機嫌を察して思いやってきたし、
これからもうまくやっていけると思っていた。
思いやりがあれば大丈夫。
そう思ってひとつ屋根の下で始めた暮らし。
彼は優しいのではなく、ただ、鈍感なだけだと気づく。
気付いたらやる。これができない。
洗濯物が溜まっても、シンクに洗い物が残ってても、
シャンプーボトルがほとんど空になってても、
何も気付かないのだ。
「随分洗濯物溜めたね。下着足りないんだけど。」
はぁ?
心の灯火が、消えた。
言葉はいらない。
ただ
大好きな貴方の匂いに包まれるだけでいいの。
「好き」とか気安く言わないで。
貴方には人生を共にする人がいるんだから。
もっと早く出会えてたら。
違う環境で出会えてたら。
そんな台詞をよく聞くけれど
君といまこうして出会ったこと、
最初から決まってたのだと思う。
今、このタイミングで、
結ばれることの無い環境で出会ったことの意味を
日々探している。
「陰キャ」とか「陽キャ」といった言葉は、あまり好きではない。
集団の中で、上位の立ち位置にいると思い込んでいるどこかの誰かが勝手にグループ分けして、いわゆる「陰」側に分類された者を侮辱する為の言葉。
そしてそう感じるのは、僕が「陰」側の人間である自覚があるからなのだと思う。
自分で言うのは良いのだ。僕は陰キャである。
そんな僕にも笑顔を向けてくれる君は、誰からも愛されていて。
本当に太陽のような存在で。いつだって眩しいのだ。
「もう一本次の電車で」
退勤後、駅前のベンチで話をするのがいつの間にか習慣になっていた。
仕事の愚痴や互いのパートナーのこと、趣味の話、若い時の恋愛のこと。
話題はなんでもよかった。お互い心地良い時間を過ごせるから。
最初は、電車を待つ数分の間だけだったが、次第に一本、二本と遅らせるようになった。
「そろそろ帰ろうか。」
職場を出た時と比べると辺りはすっかり暗くなっている。
反対方向の電車に乗る僕たちは、ホームでお別れだ。
金曜日。いつもの「また明日」は、今日は無い。
30分ほど電車に揺られて家に着き、さっさとシャワーを浴びて食事も程々にベッドに入る。
パートナーは先に寝ているようだ。
お互いに帰る場所がある。これが現実なのだ、とパートナーの寝顔を眺めて思う。
目が覚めるまでに、この気持ちが消えてしまえばいいのに。
言葉にしてはいけない感情を抱えたまま、眠りについた。