こっこ

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8/6/2024, 8:02:41 PM

太陽

結婚して、中々子供が授からなかった私達夫婦に念願の赤ちゃんが誕生した。
太陽のように明るい女の子に育って欲しいと、名前を陽菜子と名付けた。
陽菜子は活発な女の子で、男の子に混じって外遊びが大好き、スポーツ大好きで健康でのびのびと育ってくれた。
お転婆だったから、ボール投げした先のお宅のガラス戸を割って、菓子折りを持って謝りにいったこともある。
相撲で相手の大輝くんを投げ飛ばして、打ちどころが悪く捻挫になり、これまた親子で謝りに出向いた。
とにかく体を動かすことが大好きで、小学校ではミニバスケ、高校ではサッカー、大学ではハンドボール…どうも球技が得意らしい。
そんな娘の活躍を、夫はいつもそっと見守ってくれていた。ひとりっ子だからと、甘やかすことはなく礼儀に厳しかった。アメフト部でキャプテンを務めた体育会系の血筋は陽菜子に遺伝したのかもしれない。
そんな似たもの親子の夫が、倒れたのは陽菜子が大学1年の冬。くも膜下出血だった。夫の死はあまりにもあっけなかった。
泣いている暇も無いほど、葬儀の準備に追われた。
初七日も済ませ、抜け殻のように沈んだ様子のわたしを見て、「お母さん、大丈夫だよ。窓の外を見て、太陽があんなに輝いてる。空もこんなに広い。お父さんがいなくなってどうしようもないほど寂しいけれど…私がいるじゃない!一緒に生きていこうよ…お父さんの分まで。泣きたい時は思いっきり泣いていいんだよ。お母さん。」
そう言って笑顔を見せた陽菜子は、太陽のように眩しく頼もしかった。
冬から春に近づく気配がした。太陽が高く高く昇っていた。

8/5/2024, 9:48:04 PM


鐘の音


娘が高校生の時、取っ組み合いの喧嘩になった。今では理由はわすれたが、仲直りの後に「ママとどこか行きたい。」と言われ、選んだ場所は小江戸と呼ばれる川越だった。
駅から歩いてすぐに、タイムスリップした街並みがあった。面白いお店屋さんも並んでいた。
埼玉名物のお芋を売るお店で小腹を満たし、お昼はちょっと贅沢して鰻を食べた。
一杯のかけそばってあったけれど、一人前の鰻重を半分ずつ頂いた。さすがに飲み物は2つオーダーして。
ひとり親で育ててきたけれど、旅行など連れては行けず、お給料日後の映画館が一番のイベント。
そんな生活だった。
だから娘の真美は川越のサプライズをとても喜んでくれた。
露天のおじさんが売っていた、オレンジの針金で器用に作られた手のひらサイズの自転車をお土産に買った。
大人になっても、大切に机の本棚に飾られていた。
川越から帰る頃、夕方になって鐘の音が響いた。
時の鐘と言って一日のうち4回鳴るらしい。腕時計は6時を指していた。
情緒溢れる小江戸を後にして、電車に揺られた。
窓を見ながら私は、これから先、鐘の音を耳にする度に時の鐘を思い出すのだろうか…。そんなことをふと思った。
窓に映る娘の横顔も微笑んでいるようにみえた夜の西武線。
頭の中で小さく鐘の音が鳴っている気がした。

8/4/2024, 7:27:12 PM

つまらないことでも


お亡くなりになった俳優の樹木希林さんが、どんなことでも面白がることは大切よ。と生前言っていたらしい。
つまらないことでも…面白がるかぁ。
長女のあすみが、学校が楽しくない…といった時、的確なアドバイスはあげられなかったけれど、色々話す中で、自分が楽しくしてると自然と周りも楽しくなるものだよ、とだけ伝えた。
参考になったかは謎だ。
私は日本史も世界史も苦手意識が強いが、美術史は大好きなので、関連性を持って勉強したいと常日頃思っている。
孫の子守の合間に、ちょこっと勉強を試みる。
つまらないことでも、段々全容が見えてくると面白く変化していくものだ。
ペリー来航より、ずっと前に日本に上陸していたアメリカ人がいたことを最近知った。
新選組に興味が湧き、夢中になって深掘りしたら自分なりのミステリーが浮かび上がった。山南敬助についてだ。
新選組マニアの友人に話したら、面白い切り口だよと、褒めて貰えた。ちょっと嬉しい。
かつては、全く興味がなかった分野でも、つまらないと感じていたことも、面白がる精神は世界の扉を少し広くしてくれる。
私もあと3年で還暦だ。
いくつになっても、つまらないことでも面白がれる人でありたい。
あまたの先輩を見習いながら…。

8/2/2024, 12:44:25 AM


明日、もし晴れたら


明日、もし晴れたら、電車に揺られて鉄道の旅に行くだろう。
その名も大回り路線の旅。合法のやり方で、一駅分の切符料金で千葉の房総が拝められる何ともお得感満載の小旅行だ。
私に鉄道マニアのてっちゃんこと、同級生の勇くんが、この方法を伝授してくれたのは、ノウゼンカズラがオレンジに輝く真夏の季節だった。
とにかく方向音痴で鉄道に疎い私に、勇くんは辛抱強く優しく鉄道の旅の楽しさを教えてくれた。
なのに…。人と人のお付き合いは案外難しいもので、小さな不満の積み重ねから、些細なことで言い争いになり、疎遠になってしまった。
今は縁がなかったのだろうと思うことにしている。
一緒に観た電車の車窓からの美しい景色も、久し振りに乗った日本一速い新幹線はやぶさで食べた駅弁の味も、トロッコ列車やSLのレトロ感も…。全ていい思い出として私の中にある。
私の尊敬するネルソン・マンデラ氏は、人を恨むより許すことが幸せになる鍵…というメッセージをくれたけれど、つくづくそうだよな~と考えずにはいられない。
人を恨まないと、一緒に過ごした時間は感謝に変わる。
そうは言っても、私は根に持つタイプだから、結構苦労した。マンデラ氏の言葉を、何度も何度も自分に言い聞かせる。
今でもたまに、モヤっとする時も正直ある。でも思い出に罪はない。
勇くんと疎遠になって2年が経とうとしている。
今年もノウゼンカズラは美しく咲いた。
天気予報は明日も晴れ。
電車に乗って、千葉の内房線外房線を楽しんでこよう。
鮮やかな思い出と一緒に。


7/30/2024, 9:59:55 PM

澄んだ瞳


その少女は、澄んだ瞳をしていた。
美術館に掛けられたフェルメールの代表作。
「真珠の耳飾りの少女」別名を「青いターバンの少女」というらしい。
私はこの絵が大好きだ。いつもこの少女の瞳に釘付けになる。
そして、親の欲目だが…この少女が長女の栞に似ているのだ。目の大きさといい、顔の形といい、鼻筋も唇も。
今年の4月から美大に通っている姪っ子の紗耶ちゃんに、「ちょっと褒めすぎなんだけれど、うちの栞さぁ…フェルメールの真珠の耳飾りの少女に似てるなって…親ばかだけど思ってるんだよ〜。」
と先日打ち明けた。
紗耶ちゃんは、真面目な顔で「ホントだ…栞ちゃんに似てる。」
と同意してくれた。
「栞ちゃん、子供の頃から可愛いもんね。」と笑った紗耶ちゃんの澄んだ瞳がキラリと光った。



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