こっこ

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7/21/2024, 10:45:41 PM


今一番欲しいもの


今一番欲しいもの…。
それは、おばあちゃんとしての威厳だ。
妹にアフリカ人でセネガルの温和な旦那様との間に、可愛い姪が生まれて、その子が私を「こっこ」と呼ぶようになってから、周りがみんな「こっこ」に呼び名を変換。
梢おばちゃんとまだ小さなサミは呼びづらかったのだろう。
私の友達に、家族に「こっこ」って呼ばれてると話したら、毒舌の女友達洋子は「なんか、ニワトリみたい。」と半笑いだった。
全く失礼極まりない。
もう一人ののポジティブ思考の麻美は「なんかいいじゃん、呼びやすいし可愛くて。」と言ってくれた。
「ありがとう。でもね…娘も息子もこっこー!だし…孫もこっこー!って、友達…ううん、ペットに言うみたいになっててさ〜娘の家でロッコっていうコーギー飼ってるのよ。ちょっと紛らわしい。」
最初に「こっこ」と命名してくれた高校生になった姪のサミでさえ、「なんかこっこー!だと、スーパーなんかで孫に大声で呼ばれたとき、ちょっと恥ずかしい時あるー。」と打ち明けたら、これも半笑いで「こっこーなんかゴメン。」と言われる始末。
私も必死で5歳になりたての孫のルナに「こっこをこれからは、おばあちゃんか、ばあばって呼んで欲しいな。」
と訴えかけている最中である。
ルナのお兄ちゃんなんか、私をからかって「うんこっこ」なんていってくる。
ああ…。おばあちゃんの威厳はどこえやら…。
神様…仏様…。
どうか私に、おばあちゃんとしての威厳をください。
後は何も我儘言いませんので…。
どうか一つよろしくお願い致します。

7/19/2024, 8:40:08 PM


視線の先には


真夏の蒸し暑いきょうしつで、黒板の音だけが聞こえる5時間目の憂鬱。
人見知りの僕はクラスでも一際目を引く、黒髪の綺麗な斎藤あすみさんとまだ一度も話せないでいる。
こんな僕だから、何きっかけで話しかけて良いかも、全く想像できない。
時々自分がなさけなくなる。
先日席替えをしたばかりで、斜め右端の席には憧れの斎藤さんが座っている。
授業もそっちのけで、僕の視線の先には後ろ姿の斎藤さんが今日もきちんとノートを取っていた。
休み時間クラスでも目立つ、イケてる男子の蓮見蓮が、「お前授業中斎藤の方ばっか見てるよな!」
僕は恥ずかしくなって、顔を赤らめ下を俯いた。
聞こえている…絶対に斎藤さんに聞こえている。
恐る恐る顔を上げた視線の先には、にっこりほほえむ彼女がいた。
「別にいいよ。ガン見してくる訳じゃないし。」
優しい。彼女はそれからずっと僕の中で神となった。
相変わらず、何も話しかけられない僕だけど。
汗ばんだシャツの中を爽やかな風が通った気がした、17の夏。

7/15/2024, 12:52:18 PM

終わりにしよう

グラスの氷は溶け切ってしまって、味のないアイスコーヒーのストローだけ指でクルクル回していた。
こんな私の癖さえも、あなたは笑ってくれたのに…。
「もう…終わりにしよう。」
聞きたくなかった。あなたからの最終通告。
近くを走る電車の遮断機の甲高い音を聞いていた。
いつもは嫌いな音なのに、何故だかずっと鳴り続けば良いのに…と強く思った。
あなたとの思い出が溢れているこの街にはもう暮らせないな、と冷静に考える自分もいた。
泣いてすがる姿も想像していた。ううん、私はそんなキャラじゃない。
最後位はあなたが好きだと言ってくれた、笑顔の私で別れよう。答えは決まった。
涙は見せずに、大きく頷いた。
「うん、終わりにしよう。」
はっきり言えたけれど、私は上手く笑えただろうか…。
あなたが好きだと言ってくれた、あの日と同じように。
小さくなっていく彼の背中にそっと聞いた。
喫茶店の窓ガラスの向こうが、滲んで見えた夏の夕暮れ。




9/21/2023, 11:55:19 PM


秋恋


「黄色いコスモスが咲いてる丘に行きたいな」
君は好奇心旺盛なアグレッシヴな女の娘、
いつも僕は少し慌てながら、君について行くのがやっとだった。
「梨のもぎ取り予約したよ〜」一緒に食べた梨は新潟と高知の名を取った、新高という種類でとても大きくて甘かった。
「モンブランの美味しいお店見つけちゃった」嬉しそうに頬張る君が可愛くて、甘いものがちょっと苦手な僕も珈琲と一緒に平らげた。
「ライトアップされるイチョウ並木は見逃せない!」
夜に浮かび上がる黄金のイチョウは、それはそれはキレイだったけれど…足元の銀杏の匂いで隣の子供が「ママ〜何かくちゃい…」と言ってるのを聞いて顔を見合わせて笑った。
行動的な君も、この季節になるとオススメの小説を何冊も教えてくれた。西加奈子さんの「サラバ」や中村文則さんの「銃」僕も夢中で読んだ。
一番好きな本は、夏目漱石の「こころ」らしい。
君が秋を好きなように、僕も君に惹かれていった。
これを秋恋と言うのだろうか…。
鈴虫の泣く夜に、ふと思った。
来週は僕の提案で修善寺に、太陽にオレンジに輝く紅葉を観に行こう。僕の秋恋はまだまだ続く。

9/21/2023, 7:44:07 AM


大事にしたい

「孝、又トイレの電気つけっぱなしで!電気は勝手に送られるもんと違うんよ。何でも感謝して生きなきゃいけん」
倹約家で息子の俺から見ても、ケチだなぁと感じる母さんの元で育った。
大学を出て、のらりくらりしていた時友人と起ち上げた会社が当たって、俺は周りから「若社長、さすがアイデアマン」などと、もてはやされる存在になっていた。
気付くと俺の周りは、イエスマンしかいなくなっていた。
付き合う彼女もどちらかといえば派手なタイプで、ヴィトンの新作が欲しいとか、CHANELしか持ちたくないの、とか、そんな娘が多かった。
俺も調子に乗って、外車を乗り回した。
散々贅沢を尽くした後には、バブルも弾けて、ガランとした事務所だけが残った。
人生どん底かもな…と諦めかけたとき、彼女と出会った。
食事に行くと、いつもの癖で金も無いのに奢ろうとする俺に、「今大変なんでしょ。良いよ、困った時はお互い様」と2人分の定食代を払ってくれた。
彼女のアパートはとても狭かったけれど、キレイに整頓されていて、居心地が良かった。
「ボーナス出たから、ビール飲んじゃおう!」と彼女の得意なポテトサラダと発泡酒で乾杯した。
相変わらずトイレの電気を消し忘れる俺に、「電気は大切にね」とちょっと怒る姿に田舎の母さんを重ねた。
母親と似たタイプの人を好きになると聞いたことはあるけれど、俺はそうみたいだ。
先の見えない不安定なこんな俺を救ってくれた彼女。
大事にしたい。本気で思った。
先月、面接した会社からポストに通知が届いていた。
事務所も売り払った。採用だったら、彼女に告白しよう。
これからの人生をずっと一緒に生きていきたい、と。


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