大事にしたい
「孝、又トイレの電気つけっぱなしで!電気は勝手に送られるもんと違うんよ。何でも感謝して生きなきゃいけん」
倹約家で息子の俺から見ても、ケチだなぁと感じる母さんの元で育った。
大学を出て、のらりくらりしていた時友人と起ち上げた会社が当たって、俺は周りから「若社長、さすがアイデアマン」などと、もてはやされる存在になっていた。
気付くと俺の周りは、イエスマンしかいなくなっていた。
付き合う彼女もどちらかといえば派手なタイプで、ヴィトンの新作が欲しいとか、CHANELしか持ちたくないの、とか、そんな娘が多かった。
俺も調子に乗って、外車を乗り回した。
散々贅沢を尽くした後には、バブルも弾けて、ガランとした事務所だけが残った。
人生どん底かもな…と諦めかけたとき、彼女と出会った。
食事に行くと、いつもの癖で金も無いのに奢ろうとする俺に、「今大変なんでしょ。良いよ、困った時はお互い様」と2人分の定食代を払ってくれた。
彼女のアパートはとても狭かったけれど、キレイに整頓されていて、居心地が良かった。
「ボーナス出たから、ビール飲んじゃおう!」と彼女の得意なポテトサラダと発泡酒で乾杯した。
相変わらずトイレの電気を消し忘れる俺に、「電気は大切にね」とちょっと怒る姿に田舎の母さんを重ねた。
母親と似たタイプの人を好きになると聞いたことはあるけれど、俺はそうみたいだ。
先の見えない不安定なこんな俺を救ってくれた彼女。
大事にしたい。本気で思った。
先月、面接した会社からポストに通知が届いていた。
事務所も売り払った。採用だったら、彼女に告白しよう。
これからの人生をずっと一緒に生きていきたい、と。
9/21/2023, 7:44:07 AM