有り得ないことだらけだった。
誰かから伝え聞いた「普通の生活」なんてものとは縁もないし、そして多分その誰かは死んだ。
顔も名前も覚えていないからそうだろう。
そんな世界で生きてこられたのは、まさしく「奇跡」としか言いようがない。
振り返ればあまりにも多くの「奇跡」は起こっていた。
いや、起こしてきた。
起これば生、無ければ死
なら「無い」という事は無いとなる。
馬鹿げた主張だと笑えばいい。
手も足も出ない時は馬鹿げた事を言うしかないからだ。祈るしかないからだ。
「奇跡よ起これ、起これ」と。
後は魂が削れる程に祈るしかなかったから、いま僕たちはここにいて。
仮に祈らずとも助かっていたとて、魂を差し出せない生に意味なんてあるのだろうか。
そんなもの、助かったなんて言えるのだろうか。
詭弁だ。
それでも僕たちがこの両足で立つには必要な事なんだ。
と。
無は無だけでは成り立たない。有があってこその無だし、無があってこその有だからだ。
「無」は「有」るんだよ。
今年初の彼岸花と思ったら大量に枯れていた。
※残酷描写
【UNDER_TAKER 外伝】
弧を描いて吹き出した紅を、今もよく覚えている。
輝くような大理石の窓枠に、一点の曇りもなく磨きあげられた硝子窓。
そこに点々と飛び散った真紅は、皮肉な事にとても綺麗だった。
「おとぅ、さ」
「シャルロッテ!見てはいけませんっ!」
「お、おか、さま、でも、」
「いけません!!!」
骨が軋むほど乱暴に抱き上げられ、そのまま視界が動き出す。
「っ゙やだぁっ!おと、さまがっ……」
お母様がぎり、と音を立て私を抱きしめる力を強めた。
「……お゙とうさま゙ぁっ……」
お母様の肩越しに目が合ったその刹那。
窓が深紅に染め上げられ、お父様を隠してしまった。
だから、最期の表情はよく覚えていない。
【UNDER_TAKER】
※本編のようなもののほんの一部。
親になる、なんて
「僕たち明日死ぬかもしれないのに……」
身勝手すぎやしないか
傷の再生産になるだけじゃないのか
ただのエゴなんじゃないか
それならいっそ──
強ばっていく体。握りしめた拳に爪がくい込んだその時。
く、と袖が引かれた。
僕を見つめる二対の大きな瞳。
幼き赤と青の、あまりにも尊い光。
その瞳が今にも涙で溶けだしてしまいそうなほど不安に揺れていたから。
咄嗟に手を差し出してしまったんだ。
その顔があまりにも輝き出すものだから。
手放すタイミングを失ってしまったんだ。
そうして僕らは小さい手を取った。
*
「ねえ母さん」
「ん?」
「この前さ、全部のものはいつか終わるって言ってたよね」
「うん、そうだね」
「……全部終わるならさ」
「うん?」
「僕たちの生きてる意味って何だろう」
「……」
「“あの人”よりも母さんの方がいいっていうのも、意味が無いの?無駄なことなの?」
(僕たちの生きてる意味?そんなもの本当は無いんだよ)
全ては消える、いつかは終わる。
皮肉なことに産まれ落ちた時点でそれは全て確定している。
だから、いくら幸せになろうとて。
「そんなこと、無いよ……」
(……どうして、言えないんだ)
その時彼の喉を詰まらせたものが「愛」だと知るのは、もう少し先のお話。