傘の中の秘密
雨上がり
ざあざあ降りの雨がある。
刻一刻強くなる雨がある。
積もった雨は地面を覆い、さぞかし歩きにくいことだろう。
お前はどうだ、なぁ。
この酷いざざ振りの中に勇み足で行こうとするお前よ。
民衆から振りかざされる視線。
重くなる期待。
自由の得られぬ身分。
しかしお前は止まらんのだ、友よ。
何がそこまでお前を責め立てるのか、突き動かすのか。
それとも、もう何も考えてはいられないのか。
友よ、俺はお前の足にはなれない。
ああ、お前の傘にもなれない。
俺もお前も違うものに絡め取られて雁字搦めだ。
友よ、ああ友よ。我が親友よ。
お前にはもう会えない。
立つ場所が違いすぎた。
俺の全てを使ってもお前のところまではいけなかった。
雨は上がらない。まだ上がらない。
友よ、ああ友よ。我が親友よ。
まだ雨は上がらないのだ、友よ。
表に出るべきではない。我々に傘はない。
友よ、少しだけ、今は少しだけ雨宿りをしよう。
足手まといと、邪魔だと言われても構わないから。
お前がずぶ濡れになるよりは、きっといいのだ。
渡り鳥
今日もまた届かない。
素敵なあなた。
魔法みたいな夢みたいな、奇跡の人。
頭も性格もいいし、スラリと長い身体は弱いわけじゃない。
渡り鳥みたい。
後を濁さず飛び立って、禍根を残さず癒しを振りまく。
私は、あたしは違う。
醜いあたし。
頭も性格も悪くって、木偶の坊。
ぶくぶく肥えた身体は短くてつんつるてん。
なのに変に弱っちい。
あたしは醜い鳥。
ギョロギョロした目で渡り鳥を追っている。
届かない。だって、なんにもしてない。
あなたに追いつくための血に汗滲むような努力もなんにも。
土台が積み重ならないなら飛んでも跳ねても滑稽なだけ。
奇跡のあなた。
どこまでも高く飛んでいく人。遠くへ行く人。
渡った先のその場所であたしみたいに腐らないでね。
さらさら
笹の葉、さらさら
粉雪、さらさら
砂、さらさら
小川、さらさら
雪が降っていると言うのに、
辺りは心地よい暖かさを保っている。
降り積もった粉雪の奥には小川が流れていたらしく、
足を冷ややかな水が通り抜けていく。
途方もない天の上から流れ行く砂は、
星が砕けたかと見紛うようほどに光り輝く。
七夕の笹飾りが頬を撫でる。
まるで季節感のない夢。
しかしそれらは余りに現実的で、
季節のある現実こそが夢なのではないかと私は思った。
春、夏、秋、冬。
複雑に入り乱れて、しかして調和しているこれらは西洋の極限の美とはかけ離れた美しさでこちらを圧倒してくる。
私ばかりが場違いであった。
砂に手をかざす。
当たり前のように、砂は手に当たって、
その軌道を変え手の上に堆積してまた流れ去っていく。
小川のせせらぎを足で堰き止めようとする。
足の隙間から流れ出て行くばかりである。
積もった粉雪は触れずとも溶けてゆく。
笹飾りを省こうとも、何もが私を気に留めない。
事の顛末はどうにも私程度では変えられぬようだった。
さらさらと流れ行くものどもにつられ消えゆく記憶を、魂を。
ただ眺め項垂れることしかできず。
どうにも事の顛末は変えられぬのだった。
これで最後
幾度となくあなたさまへ会いにこの土地へ来ました。
あなたさまはいつでもそこにいてくださいました。
夕暮れでも、丑三つ時でも。
凛として、背を張って。
己が己を恥じることなど一切なく、誇らしげに。
だというのに嫌らしさはなく、
頼らしいその背を見つめるばかりでありました。
わたくしはもうここへは来られません。
あなたさまも、もうこの土地にはいられませんでしょう。
あなたさまは、ソメイヨシノ。
中を虫に食い破られて、朽ちることただ待つのみ。
わたくしは、そんなあなたさまに一目惚れをした愚かな鶴。
実らぬ恋を侍らせて、独り身を貫いた愚の骨頂。
己のことですから、もう死期が近いのはよくわかります。
ずっとお側にいた身ですから、あなたさまの死期が近いのも。
ですから、どうか。
これで最後にございます。
あなたさまの側で、永遠に、共に眠らせて頂きたいのです。