大狗 福徠

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3/22/2025, 5:17:14 AM

君と見た景色
昔懐かしい場所へ降り立つ。
きっと君はここへはもう来ないだろう。
もう二度と魚の入ることのない水槽に触れる。
水は濁って中身は見えない。
触れた手には得体のしれない汚れが付着した。
別れ際の僕たちのようだった。
君の心は分からなかった。
きっと君もそうだった。
拭いきれない傷ばかりを残して、
もう二度と会うことはなかった。
ここは水族館。
始めて君と会った場所。
毎日のように水族館に来る僕のことを、
君はいつも気にかけてくれた。
君は水槽の中にいた。
君は、一等美しいシロイルカだった。
僕の引っ越しと、君の移転が重なって決まった。
それからは引っ越し準備で、一度も君へ会えなかった。
唯一会えた1時間。
引っ越しを伝えた僕に、君は寂しそうに一鳴きして奥へと消えていった。
時間ギリギリまで待っても、君は帰っては来なかった。
久しぶりに帰ることのできた故郷。
君の居た水族館は荒れ果て、特に管理もされず崩れ落ちていた。
君の居た最奥の水槽。
当然何も居ないそこを眺める。
水はさざめかない。
空気は揺れない。
君はもう居ない。
ふと思い立って、水槽の中へ回る。
飼育員用の足場を使って、君の居た場所へ少しでも近づく。
君の見た景色。
僕も見た景色。
合わさることのない其れ等は、
今ここで二人で見た景色に変わっただろうか。

3/21/2025, 8:56:59 AM

手をつないで
繋いだ手の温かみは疾うの昔に失われている。
同じ記憶を紡ぐはずだった脳は潰れて電気信号を送らない。
笑顔を見るはずだった瞳は濁り白く淀んでいる。
貴方はもう動きはしない。
繋いだ手だけが不変である。
もう、片時も貴方から離れることはない。
醜く穿った愛だけが、この手が。
愛と意識をつないでいる。

3/18/2025, 10:20:33 AM

大好き
私としては、本当にあなたのことを愛してた。
うん、愛してた。過去形ね。
貴方はさ、毎日恐怖と隣り合わせで震えたことはないでしょ?
心臓を引っ掻かれるような慟哭にも、
聞こえない叫び声を聞いたこともないでしょ?
それで多分、私の声も聞いてなかったでしょ。
だから私、貴方を捨てることにしたの。
ミニマリストってやつ?
いらないのはほら、捨てなきゃだめじゃん?
私ね、色んなものが大好きなのよ。
水族館行くの好きだったでしょ?
行っただけで大喧嘩しても機嫌直してたの便利で良かったでしょ。
あとは本読むのも好きだよね。
部屋ん中、本で溢れてて足の踏み場無くって怒ってたよね。
おしゃれも好き。
あなたはいつも機嫌悪くしてたよね。
自分より目立つな、だっけ?
被害妄想の激しさで今期の覇権取りに来てる?とか思っちゃった。
あなたその言葉大好きだよね。
私、ううん、あたしね。
あたしのことが大好きで大切なの。
だからね、酷い貴方を捨てるのよ。
分かるでしょ?
貴方も自分が一番好きだもの。
一緒だったのよ、あたし達。
だからばいばい!
どうかあたしの知らない遠くでのたれまわって枯れ果てて!

3/17/2025, 11:57:40 AM

極彩色の中に埋もれる。
頭一つ抜きん出る真黒の私は、溶け落ちていた。
棺桶を焼く炎よりも、余程熱い36.4度が襲い来る。
私は、溶け落ちていく。
炙られた蝋燭のように。
放り出された氷のように。
私は、打ち捨てられている。
抜きん出た黒は薄れ濁って極彩色を穢していく。
誰も彼もが私を掬い取り濁る。
私の意思などはなく、身を千切られるだけである。
私は、
夢が覚める。
同じ夢。
変わることはない。
活動を始めて数年。
何時からかあのような夢を見る。
気にすることはない。
気にしてはいけない。
筆を取る。
描く必要がある。
私だけに映る極彩色を。
私だけ、私だけが映し出すのだ。
夢の極彩色がにじみ出る。
現実に干渉されている。
思わず塗りつぶしたその色は、その色は夢で見た真黒だ。
筆を落とす。
真黒が広がる。
溶けるように。染み込むように。
熱で焼かれ硬くなっていく。
打ち捨てた真黒が極彩色を汚す。
願望であった。
誰かの心に残りたい一心だった。
心を締め付けたかった。
体に染み付きたかった。
夢となっても叶いやしない。
残ることはできなかった。
染み付くことはできなかった。
締め付けることはできなかった。
叶わぬ夢ならば。
叶わぬ夢であるならば。
知らないままで良かったと、極彩色に真黒をぶち撒けた。

3/16/2025, 12:17:41 PM

花の香りと共に
己の人生のすべてを見直す。
気づけば1人で赤点ばかりを取っていた。
気づけば周りには誰もいなかった。
惰性で生きている。
死体が喋っているようだった。
私は伽藍堂だった。
気持ちだけの花と共に、また貴方の前へ立つ。
貴女は私を気にもとめない。
声を発さない。
気づくことはない。
死体が死体に花を贈っている。
枯れることのない、死ぬことのない造花を。
帰り道、己の人生のすべてを見直す。
まだ赤点ばかりを取っている。
貴女さえももういない。
死ぬ気力だけが足りないまま生きている。
喋ることもない。
空虚を体現したようであった。
ただ一つ、この瞬間に違うのは。
貴女の愛した花の香りが共にあることであった。

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