大狗 福徠

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君と見た景色
昔懐かしい場所へ降り立つ。
きっと君はここへはもう来ないだろう。
もう二度と魚の入ることのない水槽に触れる。
水は濁って中身は見えない。
触れた手には得体のしれない汚れが付着した。
別れ際の僕たちのようだった。
君の心は分からなかった。
きっと君もそうだった。
拭いきれない傷ばかりを残して、
もう二度と会うことはなかった。
ここは水族館。
始めて君と会った場所。
毎日のように水族館に来る僕のことを、
君はいつも気にかけてくれた。
君は水槽の中にいた。
君は、一等美しいシロイルカだった。
僕の引っ越しと、君の移転が重なって決まった。
それからは引っ越し準備で、一度も君へ会えなかった。
唯一会えた1時間。
引っ越しを伝えた僕に、君は寂しそうに一鳴きして奥へと消えていった。
時間ギリギリまで待っても、君は帰っては来なかった。
久しぶりに帰ることのできた故郷。
君の居た水族館は荒れ果て、特に管理もされず崩れ落ちていた。
君の居た最奥の水槽。
当然何も居ないそこを眺める。
水はさざめかない。
空気は揺れない。
君はもう居ない。
ふと思い立って、水槽の中へ回る。
飼育員用の足場を使って、君の居た場所へ少しでも近づく。
君の見た景色。
僕も見た景色。
合わさることのない其れ等は、
今ここで二人で見た景色に変わっただろうか。

3/22/2025, 5:17:14 AM