朱里は、深夜の田んぼ道をひとり歩いている。
辺りに街灯はなく、スマホのライトだけが頼りだ。
今にも雨が降り出しそうな空は、やがてゴロゴロと音を立て始めた。
「あー、疲れた」
今日も給料の発生しない残業をこなしてきた。
最近は業績が底を突いているらしく、上司はピリピリだ。
働き方改革とか国が声を上げているけど、こんな田舎は
いつまでも昭和おやじばかりである。
急な雨に興奮した蛙がけたたましく鳴き出し、さらに苛立ちが増す。
まあ、そんなことはどうだっていい。
明日は3ヶ月ぶりの休日だ。ゆっくり寝てやる。
早歩きで歩いていると急にライトが消える。
充電切れかな、さっきまで結構残ってたのに。
すると目の前に薄い影のようなものが現れた。
おかしいな、灯りなんてどこにもないのに影が見える。
微かに見えるそいつの口がにわかに微笑んだかと思うと、ゆっくりと、いや段々スピードを早めて近づいてくる。
「キャー!!」
来た道を全速力で走って逃げるが、圧倒的にあちらのほうが早い。
とにかく、誰かに助けを…。
すると丸い小さな家が観えた。
ここに匿ってもらおう
激しくドアをノックする、がその音は無音の暗闇に応えるばかりだ。
ついに影が追いついてきた、もうだめだ…。
跡形もなく朱里は姿を消した、と同時に家から老人が顔を覗かせる。
「うまくいったかね、樹液細胞くん。」
「はい。これが最後でした。とりあえず治療は終了です。」
「ありがとう、本当に助かったよ。」
「はい、肺がんはいつ起こるかわかりませんから、困ったらすぐ呼んでくださいね。」
そうして、彼は去っていった。
これは誰の身体でも起こり得ることです。
気を付けてくださいね。
あなたが最後に渡しにくれたのはシオンの花束だった
紫色の小さく可憐なその花は、なぜかさみしげな表情を浮かべている
私は花言葉なんて全然知らなかったから、この花束であなたがどんなことを伝えたかったのかわからなかった、が
理解したときにはもう手遅れだった
ー シオン 「あなたを忘れない」、「追憶」ー
彼は末期がんだった
余命3ヶ月との宣告を受けていたそうだ
入院して治療を受けるという手段もあったが、彼はあえて
入院せず、普通の生活を過ごしていた
そんなこと知らずに私は…
シオンにはもう一つ意味がある
「愛の象徴」
私は彼の前にシオンを置く
シオンは顔を上げ、蒼い空を真っ直ぐ見つめていた
「あと、スマイルを3つ」
「えっ?」
某ファーストフード店でのバイト中。
ある男性がさらりと述べたので、一瞬気づかなかった。
本当にこんなこと言う人いるんだ。
学生がふざけて頼むのは聞いたことがあるが、
今私の眼の前にいるのは、四角い眼鏡を掛けたスーツ姿のサラリーマンだ。
仕事帰りだろうか。
彼の視線は、ずっとスマホの画面に注がれている。
聞き間違いか。
私は注文内容を繰り返す。
「ポテトのLサイズをひとつ、烏龍茶をひとつ、スマイルを3つですね。」
「はい」
聞き間違いじゃなかった。
本当にこの親父はスマイルが欲しいというのか。
しかも3つも?
この変態親父め。
私は袋にドリンクの型紙と品物を少し雑に入れた。
「お待たせしました。ありがとうございました。」
私は笑みを一切浮かべず、声のトーンだけを上げて品を渡した。
彼はそそくさと品を受け取ると、店を出ていった。
レシートにはきちんとスマイル×3 0円と書いてやった。
するとすぐ彼は店に戻ってきて大声でこう言った。
「すみません、スマイルが入っていないのですが。」
「は?」
「スマイルはないのですか?」
「提供時のサービス的なものですので。」
「え、お菓子みたいなのじゃないんですか?」
あまりに彼が驚くので、私も一瞬疑心暗鬼になったが、
いやそんなもん0円で提供出来るほど経済的余裕は日本にあるわけない。
彼は自分の間違いと周りの視線に気づいたのか、酷く顔を赤くして帰っていった。
日本は今日も平和である。
“私には何人もの「わたし」がいる。
例えば、家族の前のわたし、友達の前のわたし、先輩の前のわたし。
人によって、私の性格や態度、声のトーンが変わる。今挙げたのはほんの一握りで、友達でも、仲の良い友達とクラスメイト程度の友達では全く違ったわたしが出てくる。
本当のわたしはどれなのだろう。いつか見つけられたらいいな。”
そんなこと市の文集に向けて書いたら選ばれた。
我ながら驚いたが、もしかしたら共感してもらえるかもしれないと少し期待を抱いた。
しかし、反応は思っていたのと違った。
私の作文を読んだクラスメイトから、
「本当の〇〇ちゃんを見せていいんだよ!」とか、
「どんな〇〇ちゃんでも大好きだよ!」とか。
お世辞でも嬉しいが、何か違う。
こんなこと到底先生たちに見せる作文には書けなかったが、ここで伝えたい。
全国でこれを読んでいる方々に届けたい。
私は本当の自分を故意に隠しているわけじゃない。
多重人格というわけでもない。
こんなこと当たり前みたいだけど、私にとっては苦痛でしかないのだ。
周りからは八方美人だと思われたり、誰かに出会う度、次から次に新しいわたしが出てきたりする自分が大嫌いだ。
こんな自分なんて殺してしまいたいと何度も思った。
それでも一生付き合っていく自分だから、好きになりたい。
文集を通して、世界にはこんなことで苦しい思いを抱えている人がいるということ、それを一人で抱え込んでほしくないことを伝えたかった。
この気持ちは周りには伝えられません。
文字の羅列で、伝わるわけありません。
だけど、少しでも私の思いが伝わっていれば幸いです。
またいつか、どこかで。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
今日から始めた新人ですが、何卒よろしくお願いします!