夢で見た話

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11/14/2023, 6:06:07 AM

やっとの思いで拐かした女だった。
髪が綺麗だとか囲った城主に自慢されたとか言う…くだらん理由も、主の命令と割り切ればただやるだけだ。
部下を接触させ、そのヘボ加減を利用して油断を誘う。何とか守り役の隙を突いたが………敵も一流、対応は早かった。

……ざまあねぇな。
多勢に無勢で追い詰められ、無様に地面へ転がって見下ろされている。女は奪われ背後の隠れ家は踏み荒らされた。
部下は逃げ延びたろうか。応援を呼べと言ったから、今頃間に合う筈もねえのに領地へ走っているだろう。
死ぬにしたって見せしめは御免だ。せめて一人くらい…と考えていると、俺を見下ろしていた男に代わって別の人影が進み出てきた。痩せたチビだったから、一瞬、半人前のガキに度胸を付けさせるのに使う気かと思ったが……違う。
下ろした髪に月光を受けて、短刀を持ったあの女が立っていた。
アンタがやるのか、お姫さん? 笑わせるぜ。
だが確かに、女を道連れにしたって何の格好も付かん。
考えた奴の性格の悪さを恨みながら、声を上げないよう奥歯を強く噛み締めた。

ぶつり。
切り落とされたものに目を疑う。辺りもどよめく。
当然だが、誰も想像だにしなかったようだ。

" これ " を持ち帰って、貴方ともう一人の命を繋いでくれ。
女の言葉に怒りで血が沸いた。殺意を込めた視線にも構わず白い手が白い懐紙に包んだ長い髪を俺の胸の上に置く。
馬鹿にしやがって…と呻くように吐き捨てると、女の静かな声が返ってきた。怪我を手当してくれたから、と。
……阿呆か。あれはお前を拐うのに俺が付けた傷だろうが。
それでも、と言いながら、女は俺の手を取って懐紙の上へ置いた。柔らかい、上等な絹の感触がする。

一つまた一つと気配は減って行き、側にいた筈の女を含めて辺りには誰も居なくなっていた。
糞ったれ。……この借りは必ず返す。
懐紙から零れた女の髪は月の光を照り返し、玉虫色に光っている。


【また会いましょう】

11/12/2023, 4:22:29 PM

今日は僕一人で護衛の任務だ。
女の人を守って町まで行って、お買い物のお供をして…
終わったら日が暮れる前にお迎えの人の所までお送りする。
誰なのかはわからないけど、大切な人って聞いてるから
もしかしたら高貴なお姫様かもしれない。

よーし、頑張るぞ!
意気込んで待ち合わせの場所に着いたら、市女笠のお姉さんが一人で立っていた。きっとあの人だ!

『こんにちは。』

今日はよろしくね、と優しく微笑ったその人はとーっても
綺麗だった。……大変だ、本当に本物のお姫様かも。
しっかり護衛しなくちゃ、と思って先を歩こうとしたけど、お姉さんの希望で手を繋いだ。とっても優しくて、帰り道で僕が日に当たりすぎてクラクラした時も、ちっとも怒らずに日陰で休ませてくれた。僕がお守りしなきゃいけないのに…と落ち込んでいたら、お姉さんは困ったように笑って、どうして僕を護衛にしたのか教えてくれた。

お姉さんには片思いしている人がいること。自分が出歩くとその人を煩わせると思って遠慮していたら、その人が僕なら
きっと仲良くなれるって薦めてくれたこと。
もう大人のお姉さんに、こんな可愛い顔をさせられる人って誰なんだろう? お姉さんは教えてくれなかったけれど、そのすぐ後に同じ顔をしていたから、僕には解ってしまった。
お迎えに来たのは、僕ととっても仲良しのあの人だ。
任務をありがとうございました、とお礼を言ってこっそり
聞いてみた。お姉さんは、本物のお姫様ですか?って。

『違うよ。…でも、私の大切な人。』

秘密だよ、と言ったその人はとっても優しい顔をして、ほんのちょっぴり照れてるようだった。
…ええっと、お姉さんはあの人をお慕いしていて、あの人はお姉さんが大切で。でも、それを二人とも知らなくって…

僕だけが知っている。それって、すっごい―――


【スリル】

11/11/2023, 7:14:01 PM

木々の枝から枝ヘ跳躍する。慣れた抜け道ではあるが、今は大事なものを抱えているから殊更慎重に。
まったく、今日はハラハライライラしたよ。
私預かりの身分で行方不明になるなんて迷惑な話だ。
説教だよ!城へ帰り着くのなんて待っていられないね。

『どうして崖から落ちたりしたの。』

君を探すのに部下を動員した。皆、浮き足立って大騒ぎだ。
滑り落ちた跡を見つけた者の賞与には、色を付けなきゃいけなくなったよ。
不機嫌を隠す気の無い私の言葉に、腕の中の " 荷物 " は殊勝な顔を見せる。…が、どうも緊張感がない。私が睨めば大抵の人間は震え上がるのに、彼女はまるで怖がってくれない。
私でも……パンパンに腫れて変色した足首でもなく、飛ぶように過ぎる周りの景色に気を取られている。

『…聞いているのかい?』

一際高い枝の上で立ち止まって問いかける。私の苛立ちが漸く伝わったようだ。謝罪と、紅葉を一枝お土産にと思って、という言い訳を受け取り、この上無く大きな溜息が出る。
何で崖上の紅葉なんだ。お土産なんて良いからさっさと帰ってくれば良いものを! 
それ以上弁解する気はないのか、気付けば黒い瞳が私を見つめていた。
綺羅綺羅して……否、なんなの。私はまだ怒っているんだよ。じとりと見返すが、彼女は気にもせず微笑みを浮かべて言った。大きな鳥のようだ、と。……この私のことを。

……嗚呼、もう!!!
呆れと心配と愛おしさで胸がむず痒くって、何て言ったものかわからないよ。君の元へ縫い留められて、最早この心は何処へも飛んでは行けない。

『もう外出は禁止だよ。』

さんざん弄んでくれたんだから、少しくらい意地悪されても文句は言えないよね。


【飛べない翼】

11/11/2023, 7:24:20 AM

尾花に火種を落とす。
乾いた枯れ枝に引火させたら、上から杉の葉を乗せて……
よし。これで少しすれば、どんどん煙が出てくるはずだ。
そう思ったら、急に目の前がくらりと揺れた。傷は大したことないけど、疲れがもう限界。
焚き火の側に横向きに倒れる。

『独りになっちゃうとはなぁ…』

追手を引き受けてくれた上司の背中を思い出す。偵察の結果次第で合図を送り、味方の軍が一斉に攻めに掛かるのだ。
その狼煙が今、俺の手で上がる。

『――…』

口が勝手に想い人の名前を呟いた。上司と一緒に囮役になった女の子。君はまだ無事でいる? 俺たちは狼煙さえ上げれば退却できるから、どうか二人とも、無事でいてね。
弱っている時は考えることも弱気だ。煙が目に沁みる。
俺たちはこうやって、一番にやられていくものなのかな。
真っ先に燃える尾花のように。何かに後を託して。
目が痛い。眠い。ほめて、ほしい……
目を瞑ると、左目から零れた涙が右頬へと伝っていく………

上司の背中で目が覚めた。
後ろを歩いていた想い人が上司よりも先に気付いて、煙の吸い過ぎで気絶していた、と教えてくれる。

『……風向きも考えずに火なんか焚くな』

上司は、俺の行動につらつらとダメ出ししながら歩いて行く。重要任務を果たしたんだから褒めてくれたって良いのにと文句を言ったら、女の目が無くてもそのくらいやれ、と言われた。……べつに意識なんかしてないですよっ!
ちぇっと口を尖らせると、会話を聞いていたその子がクスクス笑うので恥ずかしくなって、へらっ、と笑い返した。

……まあ、良いか。無事だし、置いて行かれなかったし。
上司(この人)、きっと何か奢ってくれるだろうから、それで褒められたと思っておこう。


【ススキ】

11/10/2023, 7:28:10 AM

夜を拒んだ。
恋仲になってから、幾度か唇を吸っただけの娘の覚悟を。
望んでいないのでは決してない。そんなわけがない。
ただ、眼の前で哀れなほど震えながら袖を引く美しい娘に、この身の欲を曝け出すのは躊躇われた。彼女はまだ、年若いのだから。

『気持ちは嬉しい。……今夜は共に眠ろう。』

安堵……、いや落胆だろう。恥をかかされ、娘は震えていた肩を深く落として唇を噛む。その肩にそっと触れて引き寄せると、彼女の手が私の胸に添えられ腕の中に収まった。
髪の匂いを嗅ぎながら、すまない、と呟く。あまりお側に居られないから、と言う娘の涙声が返ってきた。
……耳が痛いな。すべて私の落ち度でしかない。
大切に、と言えば聞こえは良いが、定まった所属を持たず出歩くことの多い私だ。思っていた以上に、寂しがらせてしまっていた。

『私ではいけませんか。』

そうではない、と即座に答える。
貴女の思う私は清廉で、孤独で、冷徹であるようだがそれは違う。伝わり難くとも、この身の内には恋の熱情と浅ましい欲が確かにある。

『私とて男だ。君を想って自身を慰めたことも有る。』

小さな耳に唇を寄せ、言い聞かせるように囁く。
ばっと此方に向けられた顔は茹だった様に赤く、涙をたたえた震える瞳がいつもの何倍にも大きく見えた。
少し笑って、彼女の鼻へ自分の鼻を擦り付ける。瞼が落ちるが早いか唇を合わせた。啄み、吸って、もっと深くへ。
少しだけでも、君の想いへ沿えるだろうか?
そんなことを思いながら、これまでよりずっと深く、長く、唇を重ねた。


【脳裏】

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