夢で見た話

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10/28/2023, 1:17:34 PM

灯火が消えた。部屋に二人、肌を触れ合わせている。
色っぽい雰囲気なら……いやせめて、彼女の髪を撫でて優しい言葉を掛けてやっていたら…どんなに良かったか!
私のしたことは逆だった。彼女を押し倒し馬乗りになって、細い首に手を掛ける。言え、と低い声で圧をかけた。

『何故、他人のために毒なぞ飲んだ。』

周りの目を欺き由緒ある家から出奔しようとした何処ぞの姫の替え玉となり、その死を偽装するために。
毒に耐性があるから意識不明で済んだ。とはいえ耐性を付けるためには、長い時間をかけて毒を体になじませなくてはならない。私だけでなく部下たちも、体調を崩しがちな女に負担をかけないよう、滋養のあるものを食べさせ休養を十分に取らせ気を配ってきた。それなのにその不調が、日頃の服毒の結果だというのは許し難い。
姫様の…と私の下で女が呟く。許嫁は母君と通じていた、父君はそれを知っていて嫁がせようとしていたんだ、と。
不遇……否、それは確かに不幸だろう。
だが、だからといって、なぜ君が。女は表情を消し、淡々と言葉を続ける。
            
母と疎遠で、父に見捨てられ、恋も知らない
友は離れて行き、ただ生き延びるために、毒に親しむ
そういう少女を救いたかった
かつての自分を、その孤独を救いたかった―――と。

虚ろな目が閉じる。私が暴いた女の秘密、その全て。
……灯火が消えた。

闇の中で軽い体を抱き起こし、そのままその背を掻き抱く。
そうか。もういいよ、何も言わないで。
…ごめんね。いつもの君の屈託ない笑顔が、こんな寂しい覚悟の上に貼り付いていたなんて知らなかった。
腕の中の髪を撫でる。彼女は人形の様に脱力して、抱き返してはくれなかった。どうかもうしないで、と願い縋る心を叱咤する。髪の中から柔らかい耳を探り出し、指で撫でながら唇を寄せた。


【暗がりの中で】

10/27/2023, 11:30:22 AM

『出来たらそのまま客へ出してくれ!』

給仕姿の同級生が怒鳴る。満員御礼、外には行列。彼を始め接客の担当者は卓の間を息つく間もなく動いている。
しかしその状況で、厨が暇なわけがない。
どうして俺が給仕なんか!!!と怒鳴り返すと、男性客に大人気の麗しい顔を歪めた " 男 " が、

『お前の " もりもり!生ショートケーキ " をご注文だ。
 一回くらいお客様の顔を見ろ!』

と吐き捨てた。別の厨担当者に、どうせ聞かんからとっとと行け!と言われ、考える間も惜しくなり手に付いた生クリームを拭う。混雑を縫って辿り着いた卓で、思いも寄らない顔を見た。ひらり、と手を振られる。

『やあ。』

くっ、くく……!!!!思わず叫びそうになり既で堪える。仮にも客と店員だ。なんで此処に? 関係が良いわけではない俺達が総出で居ると知っているはずなのに。

『……っ、お待たせいたしました。』

感情を押し殺し皿を持ち直した時、二度目の驚きが襲った。
こいつ、女連れ!!!
フォークをとり、ほらおあがりよ、と一口分のケーキを女に差し出す奴を見て、いい気なもんだと驚き怒り呆れを同時に飲み込む。ごゆっくり、と呟いて最速で厨に戻った。
…それしかなかった。俺は忙しいんだ!

殺気立つ厨に戻ってほっと息をつく。再びホイップに戻ろうとした時、爽やかな香りと共にぽんっと肩に手が置かれた。

『お前の卓だそうだ…頼んだ。』

また俺なのかよ!!!!!


【紅茶の香り】

10/26/2023, 3:32:15 PM

不思議な話を聞いた。ここ最近、上司の上司(つまり我々の長)は人の話に不思議な返しをするらしい。

否、然して是、と。
飄々としてはいるが、普段曖昧な物言いはしない方だ。上司が妙に思い聞き返したところ、更に妙な反応だったらしい。罰の悪い顔で照れていた、と。

『おおかたあの女(ひと)絡みだろう。』

付き合いの長い上司が言うならそうなのだろう。
それっきり忘れていたその話を思い出したのは今日の午後、野外訓練の帰り道でのことだ。色付き始めた山の木々に、西陽がかかって輝いていて、思った時には言葉にしていた。
きれいですね!と。

『そうでもないが、そうだね。』

あっと声に出し、慌てて口を塞ぐ。長は私の顔をしばらく見つめ、ついにお前にまでばれたか、と呟いた。
お前に " まで " とはなんですか。別に気にしていなかったが、そんな言い方をされては気になる。バレたのが最後なら答えを聞いたって良いだろう。しばらく言い渋った後、上司は言った。ちょっとした "あいことば " だ、と。

『 " 美しい " と言うのは、見目麗しいことじゃないそうだ。』

彼の女(ひと)曰く、美しいということは、
生きる歓びを知り、迷いがなく、誇り高いこと。

…あの女(ひと)は、焼け爛れてしまったこの方を美しい、と呼んだのだろうか。そうに違いない。だから答えは、
" ちがう そして その通り " 。
なんだか悔しい。…鼻の奥がつんと痛い。

『全く嫌味だよねぇ。あんな綺麗な娘に言われてもさ。』

言葉とは裏腹に長の目は微笑んでいた。
…帰ったら上司に教えてやろう。
あの人、泣いてしまうかもしれないけれど。


【愛言葉】

10/24/2023, 3:39:18 PM

女の柔い手が俺の袖に触れている。いつもなら掛けられているはずの、お気をつけて、が聞こえない。

昨日の夜、青い顔をしたこの女を見た。
同僚と今日の段取りをつけていて、部屋の戸のすぐ外に立っている者の気配に気付かなかった。
慣れきっていた。この女に。
息を呑む微かな音に勢い良く戸を開けると、驚いた女は持っていた盆を落として尻餅をついた。湯呑みが二つ、廊下に転がる。

『こりゃ、すまんなあ。』

火傷はしとらんか?と、背中から同僚の声がする。女はいつになくか細い声で、はい、とだけ答えると湯呑みを拾って去っていった。

『手くらい握ってやれば良いものを。』

同僚のニヤついた顔に歯噛みする。この野郎、気付いていやがったな。俺が帰らなかった場合のなしをつけている時、よりによってあいつが聞いていたのを。
話していたのは念のため。死ぬつもりなど更々無い。
とは言え危険な仕事には違いなく、あいつに掛ける言葉は見つからなかった。その後、あいつはもう来なかった。

それから夜が明けてまた暮れるまで、いつもなら聞こえてくる女の明るい声は無かった。そしていざ例の仕事に出掛けようという時になって、女は俺の背に縋っている。
大丈夫。心配無用。俺が死ぬと思うか?…どれも違う。
俺が言いたいのは、お前が聞きたいのは?
俺の身を案じて泣く女に何て言ってやりゃあ良い?
手くらい握ってやれば、という声が蘇る。うるせえ、誰のせいだと思いながら、振り向いて女の肩を引き寄せた。

『うまい煮付けが食いたい。』

思い付く限り一番ましな……柄にもないが、願掛けだ。
いつものように飯を作れ。
いつものように、俺が帰るように。


【行かないで】

10/22/2023, 5:05:35 PM

青空に洗濯物がたなびく。
今日は白いものが多くて大変だった。寝衣、包帯、手拭い…下帯。ほぼ全て上司のものだ。
やり始めたのは子供の頃で、もう習慣付いている。立場が変わった今では回数も減ったが、他の者に任せると思うと何か落ち着かない。

ふぅー、と、深く息をつく。空が高い。秋晴れだ。
薄手の寝衣はもう使わないだろうし、乾いたら少し厚手のものと取り替えよう。袷も出して、繕いが要るか確認して……
などと考えていると、スタスタと軽い足音が近付いてきた。覚えのある足運びに顔を上げる。

『あの方はお留守だぞ。』

やって来た女は目を見開いて足を止めた。尻端折りした自分の姿を思い出し居心地の悪さを覚えたが、女は笑顔で労いの言葉を口にする。おまけに足袋を廊下に投げ捨てて、裸足で縁を降りてくるから驚いた。

『怪我でもしたらどうするんだ。』

平気だとでも言うように、私に歯を見せて笑う。呆れたやつだ。いい天気と言われ、そうだなと返す。衣替えかと問われ、ああそろそろと返す。ぽつりぽつりと話しながら、女の視線は、空へと向かう。微笑っていた。

その薄い唇から、不意に有名な和歌の一首が零れ出た。
景色から連想したのだろう。…が、私は黙ったまま釈然とせず渋顔を作る。女は、はは、と笑った。足袋を履き直して去っていく背中に、呆れたやつだ、と声が漏れた。

『男の洗濯物に天の香具山は無いよ。』

ああ気まずいと呟いて、上司はそのまま文机に突っ伏した。あの女は貴方の下帯なんか気にしてやいませんよ。
そう口にすると、なんでお前に解るんだ、とばかりにジトリと睨まれた。藪蛇だった。


【衣替え】

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