“あなたは1年後、どうなっていたいですか?”
その質問を前に僕の手は止まった
大学2年生の春、4月生まれで20歳になったばかりの僕は未だに大学の交友関係もできず
サークルにも入っておらず
大学とバイト先と家をただただ往復するだけの毎日を過ごしていた
自分の興味のある分野に進んでみたものはいいものの
おじいちゃん先生が1時間半しゃべり続けるだけのつまらない授業
クラスの大半は、寝ているか、他の授業の内職をしている
今、僕の手元にあるプリントだって、提出物でも何でもないし
ただ、聞くだけでやることもない授業の暇つぶしとして行っていたワークシートだ
1年後どうなっていたいか
…正直、今の自分には全く想像ができない
なりたい職業も特にないし
やりたいことも特にない
1年後21歳になった僕は何をしているのだろうか
みんなと同じように就活の準備をして、足りない分の単位は適当に補って、何の代わり映えもない毎日を送るのだろうか
シャーペンを机の上でトントンと叩きながら、プリントとにらめっこしているうちに
キーンコーンカーンコーン
と授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った
いつものように手際よく荷物を鞄の中にしまい
誰よりも早く講義室を後にする
「ねぇ、君!」
講義室を出た瞬間後ろの方から大きな声が聞こえた
今、講義室を出たのは僕しかいない
つまり、この声は僕に話しかけているということになるわけだ
何かしてしまったかと恐る恐る振り返ると
そこには赤色の派手髪に、耳には複数のピアスが輝くスラッとした女性が立っていた
「はっ、はい僕になにか…?」
ビビりながら震える声で問いかける
すると彼女は距離を詰め、僕の両手を握り目を輝かせながら、こう言った
「私と一緒にバンドしよう!!!」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が零れる
……ん?今彼女はなんと言った?バンドをしよう?
とっさのことに脳の処理が追いつかず固まってしまう
そんな僕を見ながら彼女は追い打ちをかけるように早口で続ける
「私と一緒にバンドをしよう!私がギターとボーカル、君はドラム!ピアノとベースはもう揃ってるから、君が来れば完璧!」
彼女は僕の手を握りながら話を進める
僕は圧倒されながらも必死に答える
「…バンド?いや、そもそもドラムなんてやったことないですし無理ですよ」
「えっ、やったことないの?リズム感完璧だからてっきりドラム経験者かと思った。でも大丈夫!君の実力ならすぐにでも叩けるようになるよ!」
彼女の熱量が、繋いだ手と見つめる瞳から伝わってくる
「いや、でも」
「でもじゃない!やってみなきゃ分かんないじゃん!?えっと…とりあえず、この後空いてる?」
「えっ、ま、まぁ」
「よし、なら決まり!私たちのバンド見に来て!」
そう言って僕の手を引き、人のほとんどいなくなった廊下をぐいぐいと進んでいく
「ものは試し試し!ほら、ついた!」
そう言って止まった先には少し古びた講義室の扉があった
彼女は扉の前に立ち、勢いよく扉を開ける
そして、僕のほうを振り返り、これでもかという満面の笑みで僕に言った
『私たちのバンドへようこそ!!!』
その時、
ただただ同じことを繰り返すだけだったボクの毎日が、彼女の手によって何か変わろうとしているのを感じた
一年後の自分は意外と楽しいことになってるかもしれない
僕はそう思いながら扉の中の世界へ足を踏み入れた
お題:『一年後』
「それって、無色の世界ってこと?」
同級生が僕に問いかける
「えーとね、色が無いわけじゃなくて、なんて言うか…見え方が違う?らしい」
「らしい?」
同級生は僕が曖昧に濁した語尾に問いかけてきた
「うん、生まれた時からこれだからあんまよくわかんないんだけどね」
「そっかそっか、どんな感じに見えてるの?」
「うーん、形の見え方は変わらないんだけど、基本的には色の濃さが同じものは同じに見える」
「例えば?」
「例えば…信号機の赤と緑とかはほとんど同じかな」
まあ、実際自分は赤や緑の本来の色を見た事がないのではっきりと答えることは出来ないが、親や医者が言うにはそうらしい
「そーなんだ!じゃあ渡るの大変だね」
「まぁ、信号のポーズとかあと、上とか下とかで判別は着くよ」
「へー、信号がひとつの表示だけじゃなくってよかったね」
「そうだね、たしかに」
日常生活に溶け込みすぎてそんな考え方したこともなかった、と同級生の考えに感心する
何となく話が一段落した頃に、気になっていたことを聞いてみる
「君は?どんなふうに見えてるの?」
「えっ?わたし?」
聞かれると思ってなかったのか手に持っていた白杖がかすかに震えた
「うん」
少し考える振りをしてから彼女が答える
「うーんと、わたしはねー、ちっちゃい頃は見えてたんだけど、今はもうほとんど見えない!」
「そっか」
「うん、3歳の頃にはもうほとんど見えてなかったから、見えてた時の記憶、ほぼないんだけどね」
そう、自傷気味に彼女は笑った
「…じゃあ、おそろいだ」
「おそろい?」
「うん、見え方はそれぞれ違うけど、色が分からない同士、おそろい」
僕はさっきよりもトーンを上げてそう言った
彼女は僕の言葉の意味を把握したのか
「おそろい、か、いいね」
と微笑んだ
「でしょ?」
僕らの“シカイ”は無色でつまらないものかもしれない
でも、僕らの“セカイ”はカラフルで最高に楽しい
お題:『無色の世界』
「ところにより雨ってなんだよ」
テレビに向かってそう悪態をついてみる
放たれた言葉は誰もいない家の中に吸い込まれていく
恋人と出かける予定を立てていたのに、
「急な仕事が入った」と言って恋人は朝早くにバタバタと家を出ていった
俺はろくに送ることもできず早朝の薄暗い家に1人取り残された
そんなに早く起きてもやることも特にないので
リビングのソファーに座っておもむろにテレビをつける
番組のゆるキャラのようなものが、お天気お姉さんと呼ばれる女性と共に立って今日の天気を伝えている
「今日の天気はおおむね晴れ、ところによりにわか雨が降りそうです」
「お出かけの際は、折りたたみ傘をお持ちください」
そうお姉さんが笑顔で告げ、次のコーナーへと画面が切り替わる
「ところにより雨ってなんだよ」
そんな情報を聞いたって今日のデートはなくなったわけだし…
少し拗ねながらも朝食を食べ、今日1日何をするかを考える
録画の溜まっているアニメを一気見するか
まだ読めてない本を読んでもいいな
寝室の掃除もついでにやっちゃおう
なんて、考えると意外とやることはたくさんあって
恋人へのモヤモヤは少しずつなくなっていった
やりたかったことが一通り終わって、太陽が傾き始めた頃、外からポツポツと雨の音が聞こえてきた
ふと、朝早く出ていった恋人の姿がよぎる
「あいつ、傘もって行ったかな?」
なんて考えていると、机の上のスマホが振動した
画面をスワイプして電話をとる
「もしもし?どうした?」
「もしもし、今仕事終わって駅出たところなんだけど、雨降られちゃって… 傘もって迎えきてくれない?」
やはり恋人は傘を持たずに家を出たようだ
「んー、まぁ、ちょうど色々やり終わったところだし、いいよ」
「ありがとうー!!助かる!」
朝のことがあったからいじわるしてやろうかと思ったけど、惚れた弱みだ
急いで支度をして恋人を迎えに行く
駅に佇む恋人の姿に駆け寄り声をかける
「お待たせ、喫茶店とか入ってればよかったのに」
「ありがとう、まあ早く来てくれるって思ってたから」
「なんだそれ笑」
「あれ?傘一つだけ?」
恋人は大きな傘を一つだけ持ってきた俺を見て少し驚いた様子で聞いてきた
「うん、1つ。お前には濡れてもらおうかと思って」
「えー?そういうこと?それじゃあ迎えにきてもらって意味ないじゃん笑」
そう言いながら恋人は少し困り眉になる
「なんて冗談だよ、ほら入って、帰るぞ」
「相合傘したかったんだ、可愛い」
「…うっせ、朝の仕返しだ、お前が持て」
「あはは、はいはい、仰せのままに」
恋人は俺の手から傘を奪い一緒に歩き出す
帰り道の途中、何かを考えている様子の恋人が急に立ち止まった
「どうした?」
「雨」
「…?雨?」
「雨やんだね」
そう言われて傘の外に手を出す
確かにさっきまでポツポツと降っていた弱い雨は止んで、雲の隙間から太陽が少し見えている
「ほんとだ」
そう言いながらも俺は家の方向に足を進める
「…待って」
振り返ると恋人は立ち止まりこちらを見ていた
「ん?どうした?」
顔を伺いながらも恋人の元へと引き返す
「あのさ、」
「うん」
「朝はごめんね」
恋人はしょぼんなんて効果音がつきそうな顔でそういった
「別にしょうがねーだろ、仕事なんだし」
「ううん、しょうがなくなんてない。あのさ、朝の代わりになるかは分からないけどさ、今からデートに行きませんか?」
いきなりの申し出に戸惑い、少し止まってしまう
「いや、かな?」
「い、嫌じゃない!むしろ、行きたい」
「ほんと…?よかったー、断られたらどうしようかと思ったよ」
「そんなの、断るわけないだろ」
「うん、そーだね、よかったよかった」
恋人は傘をたたみ、そっと俺の手を握った
「それじゃあ行こっか、デート」
「うん」
たまには雨も悪くない…かも
お題:『ところにより雨』
君の中で特別の存在になりたいと思って考えてみたんだ
大切な人がいる君の中で、その大切な人になれなかった僕が特別になるにはどうしたらいいかって
それでまず「特別」の意味を調べたんだ
辞書を引いたら
普通のものとは違う扱いをする事とか、例外になる状態とか書いてあった
つまり、僕が君の中で普通じゃなくなる事、それが特別になるってことだってわかった
それで僕考えたんだ
僕が君の中の特別になる方法
僕が今からやる事、よく見ててね
しっかりと見逃さないように
その少し茶色みがかった綺麗な両目で
── 君だけに捧げる僕の最後を
彼に笑顔でそう告げて、僕は屋上の端から踏み出した
君の中の普通じゃなくなるために
君の特別になるために
頭から勢いよく落ちていく
でも笑顔は絶やさない
屋上から焦った顔で僕を見下ろす君の目をしっかりと見つめて
君にしか見せない最高の笑顔で
衝撃が走る
だんだんと体の感覚がなくなっていく
意識を失う直前最後に見えた君の顔が脳裏によぎる
…僕は君の特別になれただろうか?
「ぁ゛いし゛て る…」
たった1人に向けたその言葉は
悲鳴の中に消えていった
お題:『特別な存在』
──勿忘草が咲く頃、僕はこの世界からいなくなる──
人間は2回死ぬんだって
1回目は命が尽きた時
そして2回目はみんなの記憶からなくなった時
…だからさ、君は忘れないでよ
君が忘れない限り、僕は生きていられるから
忙しくて忘れちゃうこともあるかもだけどさ
春になったら思い出してよ
勿忘草が咲く美しい季節になったら
ほんのちょっとでもいいから僕のことを思い出してよ
君の中だけでも、僕は生きていたいから
君の中で生きていられたら、それだけで僕は幸せだから
〘 勿忘草 〙
―私を忘れないで
―真実の愛
お題:『勿忘草(わすれなぐさ)』