「それと…スマイル一つください」
目の前に立つ男子高生がそういった
確かにメニューの端っこにはスマイル0円って表記がされていて
頼もうと思えば頼める
でも私は笑顔が苦手だった
笑ってと言われて笑おうとすると、ぎこちなくて怖くなってしまう
昔、いとこを笑顔で泣かせたことがある
そのくらい笑顔が下手なのだ
私は今の私にできる精一杯の笑顔を作って、彼に見せた
彼は
「かわいい」
ただ、そういった
こんな不恰好な笑顔が可愛いわけないのに
「えっ、あ、ありがとうございます?」
彼からの思いもよらない言葉に私は驚き会計の手が止まる
「おーい」
その一言で私は現実に帰ってきた
「申し訳ございませんこちらお釣りとレシートです」
慣れた手つきで彼にお釣りとレシートを渡す
「ありがとう」
彼はそう言って私から、お釣りとレシートを受け取る
そして
「また明日ね」と笑顔で告げレジを後にした
明日学校で私は彼に“普通に”おはようと言えるだろうか
なんだか変に意識してしまいそうだ
私は気持ちを払うように両頬を叩いて仕事に戻った
「いらっしゃいませ!」
お題:『スマイル』
放課後が無限に続けばいいのに
そう思う
だって無限に放課後だったら
眠気と戦う授業なんかなくて
クラスメートの目を気にしなくて良くて
鬼みたいに怒る父親と
鬱で泣いてる母親のいる
あの居心地の悪い家にだって帰らなくていいんだから
キーンコーンカーンコーン
魔法が解ける
最終下校のチャイムが僕を現実に戻していく
「…帰るか」
かかとを潰した靴を履き直して
明るい夕暮れの中帰路に着いた
お題:『放課後』
突然大粒の雨が降り出した
「天気予報では一日晴れって言ってたのに…」
そんな文句を零しながら急いで雨宿りができる場所を探す
一番最初に目に付いたケーキ屋さんのテントの下に避難する
「寒っ…」
季節は11月、暦上では冬の始まりだ
体に着いた大粒の雨を払い、止むことのなさそうな黒く淀んだ空を睨んだ
「何怖い顔してんの?」
突然。天気にそぐわない明るい声が聞こえた
声のした方を見ると見知った青年が笑顔でこちらを見ている
「なんでお前がここにいるんだよ」
「なんでって、ここ俺の家だし」
「は?家?」
「うん、俺の実家ケーキ屋なの」
そう自慢げに言った彼は言葉を続けた
「んで、君こそなんでここにいんの?」
目の前で大きな音を立てて降る雨とびしょびしょになったこの姿を見れば分かりそうなものだが、察しの悪いこいつは分からないのだろう
「雨宿り、急に降られたから傘とか持ってなくて」
「あー、雨すごいもんね」
彼は一瞬考えるような素振りをして
「じゃあ、うちでケーキ食べてく?」
「…へ?」
唐突な提案に驚いて変な声が出た
「だから、雨やまなそうだし、ここうちだし、雨宿りできるし、ちょうど良くね?」
確かにこいつの言っていることは一理ある
でも、このままここにいてもどうにもならないだろうし
「あー、うん、そうだなお願いするわ」
「よっしゃ!そうと決まれば!」
そう言うと彼は満面の笑みで手を引いて、店に入っていこうとする
「何ケーキがいい?今の時期のおすすめは…」
「ちょっ、ちょっとまって、その前に!」
「その前に?」
「…タオル貸してくれ」
前髪から大きな水滴が繋いでいる手にこぼれ落ちた
お題:『雨に佇む』
誰かのためになるならば、私は優しくなれるんだ
誰かのためになるならば、私はずっと笑顔でいられるんだ
誰かのためになるならば、私は自分を殺せるんだ
誰かのためになるならば、自分を犠牲にできるんだ
誰かのためになるならば、私は…
誰かのために、なるならば…
誰かって、誰なんだろう…
お題:『誰かのためになるならば』
ピコン
深夜1時、俺のスマホに1件のLINEが来た
喧嘩中だから
未読無視してやろうかと思ったけど
お前からこんな時間にLINE来るなんて珍しいから
既読無視にしようと通知をタップした
「ごめんね」
それだけのメッセージ
らしくない
何だか嫌な感じがして
体が勝手に動きだしていた
行くあてなんてないのにがむしゃらに
「やっと見つけた」
「めっちゃ息きれてんじゃん(笑)」
「仕方ねーだろ運動は嫌いなんだよ」
「運動、嫌いなのに僕のためならそんなに走ってきてくれるんだ」
「…うるせぇ、帰んぞ」
「はーい」
お前の目が赤く腫れてることも
お前がいたところが人気のない駅のホームなのも
全部、見逃してやる
だから
「…俺の傍から離れんな」
あいつは一瞬驚いた顔をして、優しく微笑んだ
お題:『1件のLINE』