「太陽の下、という表現――あれは少し違うと思うね」
彼に言わせてみれば、「視点のスケールが小さすぎる」らしい。てんで意味が分からない、と俺は首を捻る。
「ご承知の通り、地球は太陽の周りを公転している。地球だけじゃない。太陽系の惑星はみんな平面の軌道を辿る」
ふと、小学生のとき理科の教科書に落書きした思い出が蘇った。太陽系の模式図に被せるようにして、下手くそなドーナツを描き込んだような気がする。
「僕はここに、『太陽の隣』という表現を提唱したい」
「……それを言ったら、太陽系みんな『隣』じゃないか」
そうだ、それでいいんだよ、と彼は勝手に深く頷いた。
なんだか一人で満足されたみたいで、少しむっとする。
「俺はやはり、『太陽の下』だと思う」
「ほう、聞こうじゃないか」
「スケールが小さいのは認めよう。でも俺たち人間には、そのちっぽけさを認めることこそ必要だとは思わないか」
うーむ実に面白い意見だ、と彼は唸る。聡明な彼に少し近付けたような気がして、我ながらちょっと誇らしい。
……が。それではダメなのだ。
「――さて。君なら俺の目的、分かるよね」
「……僕のサボりを白日の下に晒そうってのかい先生」
体調不良で遅刻すると彼に電話をもらったのだが、やけに周りが騒がしかったので駅前に行ってみれば、彼がファミレスに入店しようとしたところで現行犯逮捕した。
「白日の下、か。やはり俺たち人間は、どこまでも『太陽の下』のようだな」
大人気なくドヤ顔でふんぞり返る俺に、彼は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
「――そうだ、一応具合悪そうにはしておけよ」
ニシシと笑いながら、俺は彼の頭にポンと手を置いた。さすがの彼も想定外だったようで、目を丸くしている。
校門前、もうすぐ二限が始まる時刻か。
太陽の下で、二人で顔を見合せ密約を交わした。
2024/11/25【太陽の下で】
セーターを解いて一本の毛糸にしたら母に叱られた。
責任をもって自力で直しなさい、とも。
物を壊して怒られるのは当然分かるけれど、わざわざ埃被った押し入れの中から棒針と編み物の指南書を引っ張り出してきて、自分で元通りにしなさいとはこれ如何に。
残念なことに酷く不器用な僕は、早々に根を上げた。
「母さん、僕が悪かったよ。新しいのを買ってくるから、お小遣いくれないかな?」
できるだけ穏やかなトーンで、そして母の顔色を窺いながら、慎重に交渉を持ちかける。
「新しい毛糸を買うならお小遣いをあげても良いわよ」
「いや、そうじゃなくて…………はい」
僕の反論は、母の冷ややかな怒りの表情を前に、虚しくも呆気なく散っていった。無言で500円玉をひとつ貰う。
500円では普通の厚手のセーターは買えないだろうと、僕は諦めて近所の手芸店まで自転車を走らせた。
「――あら珍しい。お兄ちゃん、何を作るの?」
「え……あ、一応セーター……です」
手芸店の毛糸売り場で、ずいぶんと熱心に毛糸を物色しているおばあさんに、いきなり声を掛けられた。
「まぁ、セーター? 素敵ねぇ。自分で着るの?」
「た、多分?……というか、何も考えてなくて」
まさか中学生にもなって、セーターを解いて母親に叱られたので自分で直すことになったんです、とは言えない。
気まずそうに言葉を濁しながら目を泳がせる僕を見て、良かったら私からひとつ提案なんだけど――とおばあさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「お兄ちゃんの作ったセーター、私着たいな」
想定外すぎる提案に驚いて、僕は慌てて断りを入れる。
「え、あの、僕、凄い不器用で下手くそですよ」
「いいのよ。貴方が作ったセーターなら、どんな仕上がりでも喜んで着るわ。……私はそうねぇ、手袋を貴方にプレゼントするのなんてどうかしら?」
編み物のお友達ができたらプレゼント交換してみたかったの、と言って、おばあさんは照れくさそうに笑った。
編み物の友達、という響きに何故か、じんとした。
小さな手芸店で出会ったというだけで、どうしてこんなにも特別な――家族や学校のヤツらには内緒にしたくなるような、嬉しさが込み上げてくるのだろう。
「――あ、おかえり。遅かったわね……どうしたの、その大きな袋」
「まぁ、ちょっとね」
あんたまさか余計な物買ってないでしょうね、という母の詰問をさらりと流して、僕は部屋に駆け込んだ。
2024/11/24【セーター】
プレミア12、現地で観戦しています…!
侍ジャパン、頑張れ(*´`*)
作品は明日投稿いたします💦
連日きちんと投稿できず申し訳ございません🥲
2024/11/23【落ちていく】
今から夜までバイトなので、
お題保存用の投稿、失礼いたします💦
2024/11/22【夫婦】
「――占いをしないか。オレの腕は百発百中だ」
「この状況でか?……笑わせるな」
拳銃を突きつけ合って、俺達は互いを鋭く睨んでいた。そんな切迫した中で、突然相棒は胸ポケットからタロットカードを出し、俺を占ってやると抜かしたのだ。
「生憎だが、俺の未来は占わずとも決まってる――お前をここで撃ち殺し、裏金を独占して、単身海外へ高飛びだ」
俺と相棒の出会いは、裏社会を牛耳るデカい組織の末端にあたる施設だった。同じような生い立ちで身寄りのない俺達は、すぐに打ち解けて寝食と「仕事」を共にした。
互いの背中を預け、初めて信頼という感情を知った。
殺されるならお前がいい、と冗談を言い合っていた。
互いの存在が、心の拠り所だった。
――それなのに。俺達は今まさに殺し合おうとしている。
「えー、オレの占いによると……」
俺に銃口を向けられているにもかかわらず、ぶつぶつと何呟きながら、相棒はカードを片手でめくり始めた。地面に奇妙な絵柄のタロットが散らばってゆく。
およそ占っているとは思えない、相棒の舐めた態度に俺は心底腹が立った。いよいよトリガーに指をかける。
「――オレ『ら』の運勢は最低最悪。ここで死ぬ」
「……そうか。そいつは残念だな」
俺達は、とある依頼をしくじった。なんとか掻き集めた金を明け渡そうとしても、組織は良い顔をしなかった。
相棒によって、丁重に葬られるか。
組織によって、惨い殺され方をされるか。
二人とも生き残る、あるいはどちらか片方が生き残るというマシな未来の可能性は一欠片も無い。
それならば、せめて相棒を弔った後に自分が囮となって相棒の墓を、臓器を、遺体を守り抜こう――そんな俺の勝手な願望を、俺の相棒は許さなかった。
ふと、地面に落ちているカードが目に止まった。
――確か、『審判』だったか。
占うと豪語したくせに、こいつは一枚も意味なんか知らないのだ。おおよそ、この状況を打開する方法が思いつかなくて、運任せにでもしようとしたのだろう。
どうしようもない相棒に、呆れた笑いが込み上げる。
最期に粋なことでも教えてやろうか。
そう思ってから、やめた。
こいつには、俺達には、希望的観測などもう無意味だ。
「どうすればいいの?……オレ達、どこから間違えた?」
今にも泣きそうな声で、相棒が俺に問う。
「――多分、初めから」
だから、やり直そう。
そう微笑んで、俺は餞(はなむけ)の弾丸を撃ち放った。
2024/11/21【どうすればいいの?】