Sweet Rain

Open App
3/18/2024, 4:18:39 PM

「死体を丸呑みする手品を知ってるか?」

 ――なんの脈絡もなく、そう彼は尋ねてきた。
 いや、と困惑しながら僕は相槌を打つ。

「こいつは俺が発明したんだが、まさに革命だ」
「いいから、もったいぶるなよ」

 仰々しい語り口調の彼に、早くも苛立ちが芽生える。
 彼は悪びれもなく やれやれと首をすくめてみせた。

「手順は簡単さ。適当な大蛇を連れて来るだけ」
「……死体はどう用意するんだ」
「君に任せるよ。長年 手品師の助手を務めた君に、ね」

 ……なるほど、つまりはこういうことか。
 そして僕は、一息に彼の首筋をナイフで掻き切った。


 手品の催し物で用意された大蛇。
 どうやら長距離移動と空腹で一触即発だったらしい。
 
 イベントに出演する手品師として大蛇の様子を確認しに檻へ立ち入った彼は、瞬く間に襲われ、半身呑まれた。
 
「……優秀な人だったのになぁ」

 死体となった彼は、大蛇にズブズブと呑まれていく。
 何のひねりもない、手品ですらない ただの事故。
 
 死ぬ間際は こんなにも人をつまらなくするのか。
 尊敬していた分、失望感が大きい。
 
 どんな芸の天才も 最期の刻は凡人に成り下がる。
 そんな、不条理。


  2024/03/18【不条理】

12/31/2023, 3:00:03 PM

 温かい蕎麦つゆに 大ぶりの海老天をひとつ
 家族で慎ましく 年越し蕎麦

 2023年、お世話になりました。
 皆さま、良いお年を。


   2023/12/31【良いお年を】

12/24/2023, 2:47:37 PM

 [ごめんなさい、急用で行けません]

 きつめに巻いた茶髪を揺らし 歩きつつ煙草を咥える。
 初デートの待ち合わせ 早く家を出すぎてしまった。

 困惑を解すべく路地裏で一服。ライターが冷たい。
 喫煙後のブレスケアが 煙と重なりぼんやり頭に浮ぶ。

 
 新調したブーツも 濃いめのメイクも 忍ばせた香水も
 今となっては全てが恨めしい。

 ああ、漠然と何かが憎い――ジュッ。
 ふいに指先に熱が突き刺さる。

 気付けば煙草が 持ち手のすぐそこまで
 燃え尽きようとしていた。


 ふと 寂れた居酒屋の薄汚れた看板が目に入る。

 繁華街の街路樹に巻かれたイルミネーションの光は
 ここまで届きやしない。


 扉を開く。 ジャラジャラと鬱陶しい鈴の音。
 気怠げな店主の「いらっしゃい」の声に被せた「生一つ」。
 
 目元に滲んだマスカラを拭い 乱雑に髪を結う。
 鼻をすするのは 底冷えする寒さのせいだ。

 そんなイブの夜。

   2023/12/24【イブの夜】

12/7/2023, 2:36:38 PM

 「あっ、こんな所に穴が空いてやがる……」

 年末に向けての大掃除にて 観葉植物の鉢を退かすと
 壁の隅に ぽつりと小さな穴。

 だらしなく伸びっぱなしの葉を茂らせた モンステラ
 最後に剪定してやったのは いつだろうか。

 
 「シロアリだけは勘弁だぜ、まったく……ん?」

 屈んで床に頭をつけ 片目を瞑って覗き込むと
 何かを煮詰めているような 甘い匂いが仄かに香る。
 
 お隣さんだろうか、いやまさか。
 耳を澄ませば 何やら賑やかな音さえ聞こえる。
 
 「もう運んじゃっても構わないかい?……あ」

 陽気な声が 近くではっきり聞こえた。
 さらに目を凝らして観察していると──目が合った。

 よたよたと危なっかしく歩きながら
 小さな体に対し 随分 大きなフルーツパイを持った男。

 「……えへへ、一緒にどう?」

 照れくさそうに はにかみながら
 男は自慢げにパイを高々と持ち上げる。

 「……じゃあ、お言葉に甘えて……」


   2023/12/07【部屋の片隅で】

10/16/2023, 4:00:05 PM

 あと 何日生きられるだろうか――。

 闇夜ひとり 命を静かに燃やす。
 うっすらと汗ばむ身体 ひんやりとした夜風が心地よい。

 
 「蛍を捕まえたの」

 小さな両手をそっと籠のように合わせ そう微笑む君。
 指の隙間から漏れ出る光は 淡い愛の色だった。


 ひと夏が終わるのを待たずして 君は死んだ。

 君との最後の記憶は
 あの蛍が君の手の中で息絶えたこと。

 誰にも愛を伝えることのないまま
 命の灯火が消えてしまった あの蛍と

 幼くして 流行り病に身体を蝕まれた君が重なる。


 あれから十数年。
 これは天命か 僕も君と同じ流行り病に冒された。

 口元の血を袂(たもと)で拭いながら
 あの蛍の墓の前でしゃがみこむ。

 自分が蛍を死なせてしまったと
 涙を滲ませ 君が弔った墓。


 こうしている間にも 刻一刻と
 己の命が削られているのが分かる。

 血が染み込んだ袂に 蛍一匹。
 とうに季節外れとなった 孤独の蛍に同情する。

 「無意味だと言うのに お前は」
 
 穏やかに点滅を繰り返す彼に 思わずぽつりと嘆いた。


 ふいに込み上げてきた 激しく大きな咳。
 蛍が 飛び立つ。


 朦朧とし、ぼやける視界に映る あのやわらかな光は
 何年の時を経ようとも 変わらず愛の色。



   2023/10/16【やわらかな光】

Next