知ってるか、と得意げに話しかけてくる僕。
「人って本当に絶望したとき 笑みが溢れるモンなんだぜ」
ニシシ、と茶化すような笑顔で 僕の傷付いた心なんか
お構いなしに顔を覗き込んでくる 無神経な僕。
「……じゃあ、今の僕は笑ってるのか?」
「そりゃあもう、酷(ひで)ぇ顔さ。真顔の方がマシだね」
相変わらずの軽薄な人柄に 思わず苦笑する。
さすがは [悪ガキ時代の僕] だ。
僕らの目の前では既に 凛々しい顔をした [僕] がいる。
「毎度思うけど [一皮剥ける] ってのは命懸けよなァ」
「……まぁ、実際 僕たち死んでるもんな」
――今度は上手くいくといいな。
死んだ僕らの分も生き抜いてほしい。成長してほしい。
まだまだ青臭い 不完全な僕。
2023/08/31【不完全な僕】
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私事で恐縮なのですが、「書いて」をインストールして
早くも1年が経過いたしました。
応援してくださる皆さま いつも励みになっております。
本当にありがとうございます。
これからも精一杯 物語を綴らせていただきます。
「誰かに夢を魅せたい」。
Sweet Rain
嗚呼、雨よ。どうか一刻も早く 洗い流してくれ。
アスファルトに染みゆく この血飛沫を。
そして一刻も早く ここから立ち去らねば。
山道の急カーブ。見渡す限り木に覆われた晦冥。
鹿でも轢いたか。あるいは猿か。
そんな期待はフロントドアを開けて 間もなく散る。
嗚呼、人だ。自分と同じ形をした生き物が そこにいる。
どうか一刻も早く立ち去りたいのだが 足が動かない。
絶え間なく降る小雨が しっとりと肌を潤す。
濃い土の香りに紛れ 這い回る赤黒き鉄の匂い。
「……ずっと、ここにいたのか」
朽ちたガードレールと木陰の隙間に 人影ひとり。
嗚呼、[また] 轢いてしまった──否、これは[警告]か。
なおも穏やかに降り続ける小雨。
その静穏さに隠された 確かな殺意を全身に浴びて。
そいつと、私と。
見つめ合い動かぬまま 雨に佇む。
2023/08/27【雨に佇む】
朧げな歌詞を口ずさみ 鍋底に焦げ付いたキャラメルを
たっぷりのミルクで温め溶かす 休日の午後。
木べらでゆっくりとかき回しながら
ほろ苦いホットミルクを煮ている間にビスケットを1つ。
「こら、おまえはだめ」
昼寝に飽きた飼い猫が台所にやって来て
ビスケットが詰まったガラス瓶の口を覗いていた。
慌てて瓶の蓋を閉めると
にゃあ、と ちょっぴり不満げな顔をしてみせる。
「おまえは こっちを1つだけね」
そう言って市販の猫用おやつを差し出せば
たちまちご満悦の表情で瞳を輝かせ 指を舐めてきた。
ぐらっと鍋底からミルクが盛り上がり
焦がしキャラメルの香ばしい匂いが台所を包む。
もう1つだけ、と昼寝を再開した彼の目を盗んで
私は静かにビスケットを頬張った。
2023/04/03【1つだけ】
『嘘つきチョコレート』
──そう筆記体の文字で書かれた紙箱が目に止まった。
悪戯グッズのひとつだろうか、と物思いにふける。
残業が日常になりつつある繁忙期
胃を酒で満たすのも疲れるほどの疲労を抱え
かと言って まっすぐ帰宅するのも気が進まないこの頃。
気まぐれで立ち寄っただけの埃臭い古書店で
帰りがけに まさか自分の興味を惹く品があったとは。
手のひらサイズの箱は意外と薄手の柔い素材で、
手に取ってみるとほんのりカカオの香りが漏れていた。
本当に売り物なんだろうか。
値札を探そうとして箱を裏返すと、
潰れた手書きのインク文字で小さく何か書いてある。
『隠し事を秘めた貴方へ』
思わず苦笑する。
確かに俺はこのチョコレートにふさわしい嘘つきだ。
この嘘に値段など つけられまい。
[気まぐれ] で毎日通ったこの店は、そして [彼女] は
とうの昔に見抜いていたのだ。
迷わずチョコレートをレジまで持って行き、
待ちくたびれたような顔をした [彼女] と目が合う。
「──もう、嘘はつけませんね」
そう微笑んだ [彼女] の後ろで
木製の大きな時計が0時を回るのが見えた。
言い訳がましく長い俺のエイプリルフールは
どうやらもう終わりらしい。
2023/04/01【エイプリルフール】
――ギィ。
ひどく甘美な香りに誘われて
寝ぼけ眼を擦りながら木製の苔むした扉を開いた。
“決して真夜中に魔女の森へ足を踏み入れてはならない”
“命知らずな者さえ恐れおののく魔境の地”
そんな古くから伝わる村の禁忌を破り、
森を散策していた僕は 濃霧に惑わされここまで来た。
暗赤色に鈍く光る月に照らされながら
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて見つけた一軒の小屋。
建物を目視すると同時に 僕の意識を奪ったのは
泥臭い森に似つかわしくない、甘い甘い香り。
ギィ、と大きく木が軋む音をたてながら
おそるおそる 小虫が這う苔むした扉を開けた。
扉の向こう側 僕の視界いっぱいに広がるのは
無数の炎揺らめくキャンドル。
それぞれの魅惑的な香りを振りまき、
個性を殺し合いながら 混じり濃度を増すアロマは
眩暈がするほどに美しく 鼻腔を魅了する。
酔い潰れたように 埃っぽい床に倒れ込んだ僕は
微睡み そして深い眠りへ落ちていった。
――――ギィ。
2022/11/19【キャンドル】