いつからだろう
澄み切った快晴の空より
光の少ない曇り空の方が
落ち着くようになったのは
可哀想な生命を掻き集めて
遠くの空へ送りませう
母なる闇へ身を預け
暗雲の因果を断ちませう
巨大な魚が宙を泳ぐ
悠々とした動きで静かに忍び寄る
蹲る私の背後に
濃い影と共に重苦しい気配がのしかかる
言葉にできない緊張と恐怖
彼は今私を凝視している
視線が背中をナイフのように突き刺す
鳥肌が立ち、鼓動が全身を震わせる
何をされるか分からない
異様な沈黙が長くも短くも感じた後
迫ってきたときと同じように
魚は静かに悠々と去っていく
私のことは傷つけないと分かっていても
彼の存在はいつだって
それ自体が地獄への入り口だ
春爛漫
―私だけ残して
―みんな色付いている
「いやだ……いやだ……いやだ……」
彼女が独り言を呟いている。
何もない部屋の隅で、耳をふさいで蹲りながら、焦点の合わない目を見開いて。
「うるさい…うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい――」
震えとともに声が大きくなる。頭の中で過去のトラウマが交錯して制御が出来なくなっている。こういうときはただ黙って静かに側にいてやるのが得策である。
ゆっくりと彼女に歩み寄り、屈んでそっと胸に抱く。
彼女がすがるように胸にしがみついてくる。シャツを掴む手に力が籠もる。
「あ"あ"あ"ァ"ァ"ァ"ーーー……ア"ア"ア"ア"ア"………」
獣の様なうめき声を立てて身体が強張る。その背中を優しく撫でる。彼女の正気が戻るまで、じっと静かに耐え忍び、待ち続ける。
これがこの先あとどれだけ続くか分からない。だけど、彼女がこれからもこうして自分を求めてくれるなら、僕はいつまでもこの"習慣"を繰り返す。彼女が求める限り、いつでも僕は拠り所になる。
ずっと、誰よりも僕が彼女に相応しいから。