たった数秒貴方に見られただけで鼓動がうるさくなって、顔が熱くなる。このドキドキがバレません様に。
「見つめられると」
一日カラリと晴れた心地のいい天気だった。日中は残念ながら仕事の為職場から出ず目の前の業務をこなしていたが。帰宅後、ご飯を作り入浴を済ませ、大好きなお酒を飲みながら夕食をとる。一人暮らしのこぢんまりとしたアパートだが、何だかんだ気に入ってる。しかも同居人もいる。金魚のウオスケだ。ヒラヒラと小さな箱の中で泳いでは時折ご飯を催促する可愛いやつ。
「ウオスケ〜、ご飯だぞ。沢山お食べ〜」
物言わぬ同居人は小さな口をパクパクさせて空から降ってきたご飯にありつく。
さて、今日はあまりにも疲れた。疲れた日はとてもシンプルなご飯になる。 サラダ(レタスを千切ってプチトマトを乗せたもの)、余り野菜の塩胡椒炒め、冷奴。包丁はちょっとしか使わない。多少のラクは見逃して欲しいものだ。毎日フルコースじゃ疲れるからね。
シャクシャクとサラダ、野菜炒めを食べビールで流す。いつもは発泡酒だけど今日はビール。「〜〜っかぁっっ!」と思わず声が漏れてしまった。美味い。流石おビール様だ。枝豆、ビール、冷奴。何て素晴らしい…!ふと思いつき、サラダと野菜炒めの皿をシンクに置き、クローゼットから小さな椅子と机を持ち出し、ベランダに置く。そう、月見酒だ。日本酒がいいんじゃないかって?いいんだよ何だって。
いそいそと料理を持ち、ビールの缶は咥えて足で扉を開ける。何とも失礼だが一人暮らしだから許される。ウオスケ、ちょっと向こう向いててね?
日中晴れていたからか今夜は月が良く見えた。しかもほぼ満月。なんてラッキー。多分三日月は三日月でラッキーって言うけど。枝豆をつまみ、ビールを飲む。ベランダか部屋かの違いでこうも美味さが変わるか。少しびっくりしながらまたつまむ。止まらない。パクパク、グビグビ。楽しく酔えそうだ。
お月様はきっと優しいからこんな自分がやってる背徳行為も許してくれる筈だ。そう言い聞かせて3本目を空けた。
「月夜」
毎日毎日、どうしてこう仕事が沢山湧いてくるんだろう。ウンザリしてる。お休みの日ですら翌日の業務を考えてる自分にガッカリした事がある。芸能人の「今日は○○県に来ています!」を聞いて「いいなあ…でも行く時間無いし、土日は一日多いし」と何かと理由をつけて遊びにすら行かない。我ながら出不精だな、と思った。
数ヶ月に1度位で平日のお休みがある。土日出勤している人が用事あると土日出勤、平日休みになる。そう、私は来週迎える平日の連休について先程からずっと予定を組んでいる。平日連休なんて最高。公共交通機関は人少ないし、多分街にもそんなに人が溢れない。この疲れきった身体を癒すのはただ一つ、温泉だ。たまにスーパー銭湯には行くが、泊まりの温泉は格別だ。来週なんて急だけど予約はすんなり取れた。何しよう、定番の観光地巡り?美味しい物食べ歩き?うーん、と悩むが口元が緩んでしまう。いっそノープランか。予定を組んで遂行出来ないと達成感がないからね。
休日の前日。荷物は最低限。ミニマリストじゃないけど沢山の荷物は疲れてしまうから。準備して早目に床につく。翌朝、誰に向かって言う訳でも無いけど。「行ってきます」
「遠くの街へ」
最近所謂「良い感じ」の子がいる。同じフロアの村上由希奈ちゃん。自惚れなのは分かってるけど、想いは一緒な筈なんだ。俺だけ違う呼び方だし?これって脈ありですよね?ね?
2月14日。朝から妙にそわそわしてしまう。貰えたらヤベー嬉しいなぁ、なんて考えたり、貰えずにじゃあね、って帰られたらスゲーショックだし。1人百面相してたら隣の井川に笑われた。
「高木、お前何してんの?」
「う、うるせーな」
「ははぁん…由希奈ちゃんか。貰えるとイイねー」
くっそ、妙に勘が良くて腹が立つ。井川にイラついてたらスマホが震える。井川からだ。
内容を見て思わず椅子から落ちた。
「待ってて」
※※※※※※※※※※※
好きな人がいる。職場の高木雅人さん。最近はちょっとでも距離を詰めたくて「雅人さん」って呼んでる。…本当は「まーくん」って呼んでみたい。2月14日。そう、バレンタインでチョコを渡して想いを伝えるの。お菓子メーカーの策略?恋する乙女は何にでも便乗しちゃうからいいの!
バレンタインの為に何度も練習したチョコブラウニー。おかげで体重は増加しましたが、私はめげない。…明日から頑張るもん。美味しいって思って貰う為には多少の犠牲は…ね。
今日はバレンタイン。包装も頑張って、可愛いリボンつけた。どこからどうみても「本命」。これなら分かってくれるよね。でもどうやって渡そう…仕事中…は無理だし。休憩…いやいや、見られんのはもっと無理!仕事終わってから…しかないよね。雅人さんに時間作って貰わないと…何か井川君と楽しそう…今なら連絡しても平気そう。よしっ!
「雅人さん、今日仕事終わったらちょっと時間欲しいです」
ガタガタッ ?なんだろ、誰か暴れてる…
「いいよ」
やった。「終わったら連絡ください」っと。
退社時間。私の方が早かったからしばらく雅人さんを待つ。あ〜…どうしよ、すっごいドキドキする…。スマホが鳴る。雅人さんからだ
「ごめん、今終わった。ど、どうすれば…」
「今会社の入り口にいます」
「あ、じゃあすぐ向かうよ」
「わかりました」
「ごめんお待たせ。その…何か用事…かな?」
「えっと…雅人さん…今日って何の日か…わかります、よね」
「バレンタイン、だね」
「はい。つまり…その…貰って下さい!わた、わたし、雅人しゃんの事…」
「…マジか」
あ、ヤバい。これ、フラれるやつだ…涙出そう。帰りたい、無理…
「めっちゃ嬉しい」
「…にゃ…??」
「こんな風に言うのズルいかもだけど、さっきの言葉の続き…俺が言うね。俺さ、村上ちゃんの事凄い好きだよ。だから俺と付き合って欲しい」
ぶわって涙が出る。嬉しすぎて涙が止まらなくなった。ウソ、どうしよ、てかわたし今めっちゃブサイク…
べそべそ泣くわたしを雅人さんが優しく抱きしめてくれた。
「村上ちゃん、じゃなくて由希奈って呼んでいい?」
「はい…!わたしも、雅人さんの事、まーくんって呼んでもいいですか?」
「まー…恥ずいけど…由希奈にならいいよ」
無理無理、熱出るってー!
帰宅後
「由希奈、チョコ凄い美味しかったよ。ありがとう」
メッセージ一つに足をバタバタさせてしまう。ニヤけが止まんない…。すっごいしあわせ…
「バレンタイン」
「付き合って下さい」
高校1年もやがて終わろうとしているこの季節、街のランドマークで1つ上の先輩から告白された。春に一目惚れし、ずっと機会を伺っていたそうだ。
でも全然話した事もないならお断りした。
翌年も、また翌年も言われた。年に一度だけの告白。好きなら好きでもっと短いスパンで言って欲しかったが、話す機会があっても告白はない。
大学に進学しても相変わらず年に一度だけ。ここまでくると相手にも関心をもつのでお付き合いをした。大学2年の冬だった。
それからも年に一度、必ず愛の言葉を私に言う。
社会人になってもずっと恋人同士だった。すっかり情が移り、離れがたくなった。25歳の冬。すっかり寂れてしまった街のランドマークに行こうと言われた。
ランドマークには何にもないけど、大きな赤い橋が掛かっていて、秋には紅葉が映える美しい場所だ。待ち合わせにもぴったりの落ち着いた場所。2人で寒空を歩いていると、ピタと彼が歩みを止めた。
「覚えてる?10年前にここで俺が告白してフラれたの」
「覚えてる。全然知らない人だったから断ったのよね」
「…俺は10年間ずっと君だけが好きなんだ。今も変わらない」
「うん」
「これから先も君だけを愛するよ。君とずっと一緒にいたい。毎年冬にここに来たい」
「うん」
「結婚しよう」
「うん…っ」
「この場所で」