「好きだね、そのジュース。」
食堂からの帰り道。隣を歩くきみにそう言うと、きみは少し照れくさそうな表情をしながら「そう?」と笑った。きみの手に持たれているのはうさぎのイラストが描かれた可愛らしいパッケージのいちごミルク。それが売られている自販機の前を通る度にきみは、「あ、ちょっと待ってて。」と小走りで買いに行く。ガコン。とパックが落ちてきて、わたしの元へ戻ってくるきみの表情があまりにも子どもっぽくて可愛くて、一度見たらしばらくは脳裏から離れない。
きみと出会って半年が経つけど、わたしは未だに”いちごミルクが好き”という情報しか知らない。他に好きな飲み物はあるのかな。好きな食べ物は?好きな洋服のブランドは?好きな香り、好きな時間、好きな場所。……好きなタイプ。勉強は得意じゃないし、むしろ苦手。なんなら嫌いだけど、きみのことになると探究心は留まることを知らない。知りたい、もっときみのことを理解したい。きみ博士になりたい。だから、これからもずっと、わたしの隣できみの一切合切を見せて欲しい。だから、だから今日もきみがいつも付けているキーホルダーを片手にこう問いかける。
「好きなの?このキャラクター。」
―もっと知りたい
「帰ってきてよ。」
ある年の9月1日。珍しく家でベロベロになるまで酒を飲んだ。普段は付き合いでしか飲まないのに、その日は違った。度数の高い酒をとにかくカゴに突っ込んで素早くレジを済ませて、玄関を開けた瞬間から深夜まで飲んで飲んで飲みまくった。
「〇〇ちゃん。」
虚空へと呟いたのは好きだった子の名前。Xを開いて同学年で唯一わたしだけが繋がっていたその子のプロフィールに飛ぶ。お揃いのヘッダーを隠すようにスクロールをして、見つけた最後のポストは8月28日。大量の薬の写真が添付されていて、文末には【ま、いなくなるからいっか。】。1番寄り添える立場だったのに、1番傍にいたのに。気が付けば頬を涙が伝う。
写真フォルダにはその子専用のアルバムを作っていた。その子には彼氏がいたけれど、密かに想いを寄せていたから。ふたりで一緒にテーマパークに行った時の写真、カフェ巡りをしたときのプリクラ。再現したくても二度とできない。
あれから数年、未だお骨は彼女の実家にあるらしい。故にお墓参りにも行けておらず、毎年月命日と命日に窓の外を見つめ空へ祈ることしかできていない。彼女と過ごした尊い日々はとうに過ぎ去っていて、そこへ戻ることは叶わない。
そう、過去は過去でしかない。どれだけ愛しく思い続けても、それがこちらへ微笑むことは、無い。
無い。と、言いきれてしまうのは、わたしがあまりにも”それ”に執着しているからだろう。
「いつもありがとう。」って、わたし以外にも見せていると理解しているはずの笑顔が何よりも愛しかった。それがわたしにとっての癒しであり生きる意味であり、愛だった。
そんな笑顔を見ることができるのは、いつも夜だった。ある時は繁華街のネオンに照らされて、またある時は薄暗い店内。わたしが1番好きだったのは、ホテルの一室で見る時だった。机の上には少しふくらんだ封筒と指輪、灰皿には吸いかけのたばこ。
抱きしめられた時に香る甘いバニラの匂いが何よりも心地よくて、その為にわたしは今日も働く。明日も明後日も、その瞬間を夢見て。
いつか聞ける、「愛してるよ。」を、夢見て。
-お金より大事なもの