がらんとした、どこか疎外感に包まれた夕暮れの部屋の真ん中で初めて知る。
ああ、いないんだ、と。
床に落ちていた写真立て。
乱雑に置かれた俺の部屋の合鍵。
夕陽に染まる銀の指輪。
それくらいしか元の部屋の状態と変わらない。
なのに、なのに、あいつが来る前と去った後では全然ちがう気がした。
ああ、いつの間にあいつが俺の中の当たり前の風景と化していたのだろう。
払っても纏わりついてくるじめついた空気が鬱陶しい。
風景 #210
「…創兄さん、向こうでも元気かな」
ソファの隅っこに三角座りで、優が呟いた。
ちらりと見やると、優は心配そうに淋しそうに床に視線を落としていた。
「…さぁ?あいつ片付ける能力だけ抜け落ちてるから、すぐゴミ屋敷できあがってそうではある」
社会人となり一人暮らしを始めた兄貴にふたり、思いを馳せる。
俺らを残していくことを渋っていた兄貴の背中を押したのは、俺と優。
俺と優に、兄貴に持ってはいけない感情を抱いている、という共通点ができて、それを自然とお互いに感じ取ったのは、ずっと昔のことだ。
「…やっぱりさみしい」
この空間にはふたり。
だからこそ、優は震えるような吐息混じりの一人言をこの静かな空間に落としたのだろう。続くように息を吐いた。
「…でもまぁ、俺はちょっと安心してる」
「……それは、僕もわかるけど」
「わかるんだ」
そりゃ、ね…と歯切れの悪く膝をきゅっと抱えた優に、ふ、と目を細める。
兄貴がいる生活は大変だった。
家事とかは得意だからそういう物理的な面じゃなくて、感情をひた隠しにしてそれでいて自然体でいなきゃいけない面。
だから兄貴の一人暮らしを後押しした部分もある。
その分空いた心の穴はよく目立った。
「…啓兄さんはここにいるよね」
「まぁよっぽどのことがない限りな。…優こそどうなの」
「僕はここにいるよ。…啓兄さんまでいなくなっちゃったらもうわかんなくなっちゃう」
それは俺も、と返した。
小さい頃から理解者はお互いのみ。
だからこそ気づき上げられたこの関係は知らず知らずのうちに歪みを増していく。
元気かな 啓→創 優→創 #209
(恋愛感情がなくてもどの世界線でも創はブラコンだと思ってます)
「おやすみ、啓兄さん」
「おー」
閉め切った冷たいドアを背に、部屋から聞こえてくるふたりの会話に、はは、と乾いた笑いが口をついた。
優の安心しきった声色と、啓の甘くなった声色。布団が擦れる音。
きっといつものようにふたりで手を繋いで眠るんだろう。
この場にいる自分から遠目に見える自分の部屋の明かりのせいで疎外感が増しているような気がした。
世界から拒絶され、自分の居場所が見つからない、自分が惨めになっていくだけのような、そんな疎外感。
「…ずっと一緒だって、約束したじゃん、啓…」
きっと啓は忘れているであろう遠い遠い記憶の約束が口から零れて、それは震える吐息に混じって深夜の冷たい空気に溶けていった。
遠い約束 創啓 啓優 #208
(創視点です)
ねえ、消えてよ。
僕の記憶からいなくなってよ。
そう思うのに、ドライフラワーを
捨てようとする手はいつも震えるんだ。
なんで、なんで、
形に残るものを残したのさ。
こんなの残すから、
僕はずっとあの日々に囚われたまま
枯れてしまった毎日を繰り返すんだ。
フラワー #207
人は不器用だからひとつの地図を見ながらでしか歩いていくことはできない。
歩いてるうちにどんどん新しい地図になっていって、古い地図は背中のリュクに詰めてみたり。
「…ふふ、」
「え、なに。急に嬉しそうにしてどしたの」
「いや? 当たり前のように新しい地図もふたりで共有するんだなって思って」
新しい地図 #206