ねえ、消えてよ。
僕の記憶からいなくなってよ。
そう思うのに、ドライフラワーを
捨てようとする手はいつも震えるんだ。
なんで、なんで、
形に残るものを残したのさ。
こんなの残すから、
僕はずっとあの日々に囚われたまま
枯れてしまった毎日を繰り返すんだ。
フラワー #207
人は不器用だからひとつの地図を見ながらでしか歩いていくことはできない。
歩いてるうちにどんどん新しい地図になっていって、古い地図は背中のリュクに詰めてみたり。
「…ふふ、」
「え、なに。急に嬉しそうにしてどしたの」
「いや? 当たり前のように新しい地図もふたりで共有するんだなって思って」
新しい地図 #206
「お花見?」
「うん、桜咲いてるって言ってたから」
いこ、と手を引いた友人に引かれるまま家を出た。
久しぶりに歩く外の空気は冷たくて生暖かくて、半ば後悔しながら歩く。
これは帰ったらお風呂入らなきゃだな、と春特有の花粉に小さくくしゃみする。
「ここだよ。…あれ、結構散ってるね」
友人が足を止めたのは川沿いの桜並木。
言われるまま桜を見上げれば、そこにあったのは散りかけの桜たち。
「もうちょっと早く来てればよかった。どうせなら満開のときに見たかったな」
残念そうに呟く友人に、「そう?」と返す。
一人言が拾われると思っていなかったのか、友人はばっとこっちを見た。どこか表情が明るいのは気の所為だろうか。
「散りかけの桜のほうが好きかも。なんか変わりゆくもの感があっていい」
「はへー…」
分かっていなさそうな返事が返って来る。
まぁいい。伝えようともしていない。
さあっと風が桜の花びらをさらっていって、そのどこか儚い雰囲気に感傷的になる。
友人がそっと問うてきた。
「…もしかしてなつめって、全部にいみがないと思ってる節ある…?」
突然問われて、少し考えてから口を開く。
「あるかも。人間もいずれは死んじゃうんだからどうやって生きたって結局無に帰すんだよなってたまに思う」
こんな話ができるのは相手がこいつだからで、こいつじゃなかったこんなにも簡単に自分の内面を曝け出すようなことは言っていないだろう。
「…なんで俺らって生きてるんだろうな」
そっと言葉を桜に乗せるように呟く。
その途端桜が風に拐われていったから、友人の耳に届いたかは分からない。
でも友人が「行かないで」と言わんばかりに、握る手の力をきゅっと込めたのは気の所為ではないだろう。
桜 #205
「きみとなら…どこでもいいよ!」
「…じゃあ、いこっか」
「うん!」
最期に映ったのは、きみのえがお。
君と #204
(最近様々な界隈に手を出しては二次創作を書き殴っていました。初めてあんな文字数、短期間で書いた気がする)
「あ、れ…?」
気づくとそこは白の箱。
つん、と独特の苦手な香りが鼻を突く。
思うように動かせない身体をなんとか起こして、そこがカーテンで仕切られた病室であると知るのと同時に、ずき、と痛んだ頭。
「ん、んん…?」
一瞬だけ脳内に流れ込んできた映像に、首を傾げる。
まるで白い靄がかかったようになにも思い出せない。
「___優…っ!」
ガラッと乱暴に音を立てた病室のドアに視線が向かう。
医者から記憶喪失だと診断されて、間もなくのことだった。
「優、目覚めたんだね…っ。よかった…」
僕の知り合い、だろうか。
糸が切れたようにポロポロと涙を流す彼に、どくん、と心臓が脈を打った。
でもそれは一瞬で、次のときには申し訳なさで胸が一杯だった。
「…優?」
僕の異変を感じたらしい彼が震える声で僕の名前を呼ぶ。さっき医者に教えてもらったばかりの名前。
ごめんなさい、記憶喪失で、と紡ぎかけて、唇が震えていることに気がつく。
そして、僕の頬が濡れてることに気がつく。
「…あ、れ…?」
僕は…なんで泣いてる…?
「…優、もしかして、俺のことわかんない…?」
混乱するなか、小さく頷いた。
涙は止まない。
「…そっか、じゃあ、はじめましてだ」
ああ、知ってる。
この頭の回転の速さ。
僕がなんで泣いているのかすら分かっているんだろうなって思わせてくるこの空気感。
彼のことは分からないはずなのに、なぜか、なんでか、また会えた、と脳のどこかで呟きが木霊する。
震える唇のまま言葉を紡いだ。
「はじめ、まして」
はじめまして 創優 #203