いいな、と率直に思った。
未来への心配をせずに冒険ができる環境で育ってきた彼が妬ましかった。
…わかんないよ。きみみたいな恵まれた者には。
冒険できない俺みたいな奴の気持ちなんか。
「冒険しよ」
眩しい世界から手を差し伸べられて湧き上がったのは煮えたぎるような嫉妬と自分に対する絶望、失望だった。
さぁ冒険だ #188
まるで魔法。
それは、俺には使えない魔法。
「っ、うぅ…、なんで、なんで…っ」
あいつが泣く声が遠くで響く、とある病室の前。
さっき先輩が入っていったところを見てしまった俺は、持ってきた紙袋片手に病室の前に佇むしかできなかった。
はは、と自嘲を漏らして、見上げた茜色の空。
…俺の前じゃ、そんなふうに泣いてくれなかった。
魔法 #187
(同性愛ですいちお)
「止まないねぇ」
「…そうだね」
適当に相槌を打ちながら、ずっと止まなければいいのに、とか思っている俺がいた。
「あ〜、傘持ってくればよかった。傘ない時に限って土砂降りなの、なんなの」
窓の外を見てうなだれるきみに、はい、とタオルを渡して、風邪引くよ、なんて下心を隠したこころのうら。
ありがとぉ、とのらりくらりとタオルを受け取るも、きみはもたもたしていたもんだから、つい、
「わっ」
「ちゃんと拭かないと。あと濡れたままじゃ気持ち悪いでしょ。俺の服貸すからそれ脱いで」
ばさっと被せたタオル。
触れた手は冷たくて冷たくて、なんだか苦しくなった。
「…ち、ちかいんですけど…」
「え、あっ、ごめん」
絞り出すような声に慌てて、ぱっと手を離す。
やってしまった。やっちゃった。
「あはは、あまりにも冷たくてびっくりしちゃった」
つらい、くるしい。やめたい。
貼り付けた笑みがこんなにも恨めしい。
そう簡単には、いざという時に剥がせなくなってしまった仮面の笑顔がこんなにも俺の首を真綿で絞めつける。
…と。
気づいた時にはまた落っこちる。
目線を向けた先にいた。
「…こっちがびっくりしたよぉ…」
「……え…」
「み、見ないでっ」
「…真っ赤」
「っ、言葉にしなくていいぃ!」
冷たい手の甲で口もとを覆うのは精一杯の抵抗なのか。
これはどんな感染症よりも恐ろしい伝染病。
使い捨ての仮面の笑顔がぱりぱりと音を立てた。
火照った顔のふたり、脈を吐く心臓のまま、虹を探すように窓から土砂降りの空を見上げる。
君と見た虹 #186
(やばい…カフェインと頭痛薬ないと動けない身体になってしまった。せっかくひとつ終わらせたのに、まともに頭が働かない。休みたいのに休めない)
明日でおわる!!あとちょっと…!
…明日が一番やばいんだけど
……は?(焦り越えての困惑)
「───先輩…っ!!」
「……え」
「っ、よかったぁ…。よかったあっ。やっと目ぇ覚めたって聴いて…っ、俺、おれぇ…っ」
先輩に抱きついた俺は、先輩がしばらくなにも言わないことに、抱き締め返してくれないことに、違和感を抱いたことを覚えている。
「…せんぱい…?」
涙でぼろぼろの顔を上げると、困ったように儚く笑う先輩がそこにはいた。
「…えっと……ごめんね、誰、かな?」
その瞬間から俺の世界は色を失ったままだ。
あなたは誰 #185