知らない表情。知らない仕草。
頭を鈍器で殴られたかのように視界が揺れた。
ああ、と唐突に理解する。
そういうことだったのか。
「それでね、先輩がね、」
その柔い頬を紅潮させて、はにかみながら話すきみ。
俺が知らない君の表情に、ぐわんぐわんと頭のなかが、視界が、かき混ぜられる。
自覚したとたんに潰される感情なら知りたくなかった。
まだ知らない君 #175
「俺はね、日向くんの日陰。
頑張ってる日向くんが日向くんでいられる場所。
だからね、何かあったら、俺を頼ってほしい」
僕から見たら陽中の陽の彼が大真面目に言うもんだから、思わず笑みが溢れてしまった。
日陰 #174
「ただいまぁ…」
からからと、背後でドアが開く音がした。
ん?と振り返ったときにはすでに時遅し。
「っ、わぁ! ご、ごめんっ!」
顔を一瞬にして真っ赤にして、開ける時の何倍ものスピードで脱衣場のドアを閉めた、俺の弟。
髪から滴る熱い雫をタオルで拭う。
脱衣場の鏡を見て数秒。
事態を呑み込んだ俺は、声を殺してくすくすと笑うのだった。
わぁ! #173
(わぁ…、やることが山積みだぁ…(現実逃避中))
「死ぬまで一緒にいようね」
「…なにいってるの。死んでも一緒、でしょ?」
終わらない物語 #172
「…きらい。だいっきらい」
涙交じりの声のまま、ぎゅっと抱きつく力が強くなる。
こんなの本心じゃないってきっと伝わってしまっている。
こういうことがいいたいわけではないのに。
「…うん。…それと、今日もなにもなかった、だから安心してほしいな」
そっと降ってきた彼の声にすこし顔をあげる。
「…ほんと?なんもなかった?」
「うん、奏音が心配するようなことはないよ」
温かい彼の胸に顔をうずくめる。
彼が俺の背中に回した腕のなか、ぐしゃと潰される手紙があるなんて知る由もなかった。
やさしい嘘 #171
(易しい嘘と優しい嘘…なんつって)