――――――カンッ
ぼやぼやとしていた朝の空気が、しゃんと張り詰めるのを身体で感じる。
矢を放った本人、ひかり先輩は静かに息を吐いて張り詰めた空気を現実に戻した。
俺、相原みことはこの朝の瞬間が大好きだ。
「ひかり先輩! すごい、ど真ん中!」
思わずぱちぱちを手を叩くと、先輩はフェンスの外側にいる俺に気づいて弓を下ろした。
「みことくん、おはよう。今日も早いね」
「おはようございます先輩。そんなことないですよ、先輩のほうがもっと早いじゃないですか」
ふふ、と柔らかく笑う先輩に心臓が儚く音を吐いた。
錆びついたフェンスのドアを後ろ手で閉めて、弓道場に上がる。錆びついたフェンスのドアが閉まりにくくなっているのを感じている、最近のこと。
誰もいない時間帯の弓道部の朝練は、先輩と共有できる唯一の時間だった。
冬晴れ #161
俺だけがいない先輩の世界で(題名候補)
(ここにおいての抱負決めました。書きたいものを書ける限り。ですかね。
…って、書く時間がなーい)
すいかとそこに振りかける塩、みたいな関係じゃないかな。
幸せと不幸せの関係は。
すいかはそのまま食べてもいいけれど、塩を振りかけることでさらに美味しくなるんだ。
でも塩はそのままじゃ食べられたもんじゃない。
要は、不幸はより幸せを感じやすくするいいスパイスだけれど、それは幸福に満たされているときだけってこと。
幸せとは #160
「……あ」
こたつで寝落ちてしまっていたらしい俺は、スマホに手を伸ばして、小さく声が漏れた。
やば、日の出まであと30分もない。
ぼんやりとした頭で少し考えて、まあいいかとこたつにもそもそともどる。風邪引きそうだけど、今はここから出たくない。
「……んぅ、啓にぃ…」
「……」
お、ま、え、も、か。
お前もここで寝落ちてたのか。
すやすやと気持ちよさそうに眠る横顔に、ふっと笑みが漏れる。
日の出見に行くからちゃんと起こしてね!と何度も言われた昨日の記憶がよみがえる。
…このまま起こさないと怒られそ。
幸せそうな寝顔に、起こすのもなんだかもったいない気がして、まだいいかと眺めていた。
日の出を見に行けずに、目が覚めた弟が目に涙を滲ませながらながら怒ってきたのは言うまでもない。
日の出 #159
(不定期に襲ってくるこの、もう何もかもどうでもよくなる
現象、まじで何。なにも手につかないんだけれども)
抱負……負を抱える…?
考えていたら分からなくなったので辞書引いてみると。
抱負とはこころのなかに秘めた計画とか志望のことらしい。
んー…完璧主義をどうにかすることかな。今のところ。
─今年の抱負─ #158
「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。先輩結婚してください」
「ああ、あけおめ。ことよろ。結婚はしない」
「なんでですか!」
こえぇ。思わず心のなかで呟く。
ばっと突っかかってきた会社の後輩を軽くあしらって、元旦のコンビニへ入っていく。
なにやら文句を言いながら当然のように俺の後ろについてコンビニに入ってくる。
「新年の挨拶にしれっとプロポーズ入れてくんな」
「ちぇー、引っ掛かると思ったのに」
「どうしてそれで俺が引っ掛かると思った?」
油断も隙もない。
危うくなにも考えずにオッケーするところだった。
「…それとな。なんで俺のアパートの隣のコンビニで会う?」
「偶然ですよ。偶然、たまたま、偶然。新年早々会えるなんて奇跡同然ですね」
こえぇ。再び心のなかで呟く。
いつからいた、こいつ。まさか年明ける前からとか言わないよな。
…こいつだからその可能性も否定できない。
「あ、先輩って一人暮らしですよね。ってことは新年の挨拶一発目は俺ってことになりますね」
「…こえぇ」
声に出た。
まさかそれを狙って待ち伏せしてたとか…あり得る。
「先輩は今年の抱負とかってありますか?」
「いや、特には。…あ、熱烈ストーカーの後輩から逃げることとか」
「いやだな、先輩。ストーカーじゃありません。先輩の身の安全を考慮して守っているだけです」
会社でも隙あらば「結婚してください」って迫ってくるの本当にやめてほしい。周囲からの目が痛い。
まだ付き合ってもいないのになんでいろいろぶっとばして結婚なんだ。
冗談で笑い飛ばせるレベルじゃないからまじでこわい。
「俺の抱負はですね。先輩と結婚式挙げることですかね」
「やめろ」
ぱしっと腕を掴まれて、おい、と声を上げる。
「…うそ。さっきのは冗談です」
そしてそのまま引き寄せられて、肩がぴくっと跳ねる。
「先輩に俺のこと知ってもらうことですかね、まずは」
意地悪く歪んだ口角に、ぞくりと背筋が冷えた。
俺の一年はこうして幕をあけるのだった。
……おいっ、なんでだよ!
新年 #157