「……これ、よろ」
「ん?みかん?」
いつものようにこたつでぬくぬくしながらスマホをいじっていると、目の前に置かれたみかん。こたつの上に置いといたみかんのうちのひとつだろう。
「え、澄香?よろってなに、よろって」
ばっとからだを起こすと、ちらりとこちらを一瞥した彼女、澄香。相変わらずパソコンをかたかた言わせている。
冬休みの時期くらい休んでればいいのに。
「……あ、剥けってこと?」
自分で剥きなよーなんて言いながらみかんに手を伸ばす。
確かに澄香はプチ潔癖症なところあるからなぁ。みかん剥いたあとは洗っても洗ってもパソコンいじるの躊躇っていたし。
「はい、どーぞ。澄香女王さま」
「…ちがうでしょ」
「えっ」
ご丁寧にパソコンのよこにおいてあげたのに、まさかの違うと。
え、えー…剥けってことじゃなかったの?
それ以外にある?
「ん」
「……ん?」
澄香は小さく口をあけて、ここにいれろといわんばかりの表情である。
「あー、はいはいはいわかりました、わかりましたよっ。食べさせればいいんでしょ、食べさせればっ」
「遅い」
身をひとつ、片手にとった次の瞬間、その片手を引き寄せられて食べられた。
「おいしい」と妖艶に微笑んだ澄香が髪を耳にかけ、私はとっさに澄香をさん付けで叫んだことは言うまでもない。
─みかん─ #154
『せんぱい、』
電話ごしの声がさびしそうに震えていたから。
「どーした」
『っ、え、あっ、...あ、れ、繋がっちゃってる...?』
「...そっちがかけてきたんだろーが」
『わ、わっ、ごめんなさ、誤タップしちゃったみたいで...っ』
わたわたしている姿が容易に想像できて、軽く笑い声が漏れる。
惰性で机に向かって勉強していたが、勉強時間を記録していたストップウォッチを止めて、椅子の背もたれに背中を預ける。
窓の外はすでに暗くなり、時計は11時を超えていた。
集中力というものはこの電話でとうに切れてしまった。
「ちょっと今話せる? 伊吹の声、もうすこし聴いていたい」
『っ、も、もちろんです...っ』
「ふはは、やけに食いぎみな。かわいい」
『っ、...』
冬休みになってあまり会えなくなっていたことが原因だろうか。自分の声が弾んでいるのが自分でもわかった。
『じ、実は、先輩の声、聴きたくて...それで電話しちゃったんです、たぶん』
「たぶんなんだ」
『は、はずかしいので、たぶんです』
「ふは、素直」
持て余した右手がシャーペンでペンまわしを始める。
ちらりとノートに視線を落として、ふと思い出したことを口にする。
「もしもし、ってよく電話で言うじゃん」
『? そうですね』
「なんで“もしもし”なんだろうって考えたことあってさ」
『たしかに...なんでなんだろ』
暴れるシャーペンを落ち着かせて、ノートに“もしもし”と走り書きしてみる。
「書いてみるとさ、“もしもし”が“もレもレ”に見えたわけ」
完全に俺のこじつけ。
でも、ぽかったから。
「で、思ったんだよね。“もレもレ”をローマ字で表記すると、more moreになるじゃんって」
『...はぇ......』
こうだったら素敵だなって思っただけ。
とんだこじつけだし、言ってから恥ずかしくなって、話題を変えようと口を開いた。
「あ、そろそろ電話終わりにするか。結構遅くなっちまったし。声きけて嬉しかった」
ほのかに熱い頬のまま、窓の向こうの暗さに視線をやる。
耳から離そうとしたそのとき、スマホの向こうから聞こえてきたのは、恥ずかしさで消え入りそうな、後輩の声だった。
『───...せんぱい、もしもし』
─冬休み─ #153
(なんか先輩後輩もの、多くないか??
実はそういうのすきなんか、私。
改めて考えると…そうかも…?)
あの日、マフラーで赤い顔を隠した彼がそっぽ向いたまま、プレゼントしてくれた手袋。
いつまで取っておくつもりだ。
捨てなければいけないのに。
この厄介なだけな感情も一緒に。
手袋に詰まった思い出が、心臓の真ん中につんとした色を落とす。まるで水槽のなかに入った絵の具の色がぶわっと広がるみたいに。
ぽたり、と落ちて手袋に染み込んだ涙とともに、タンスの奥のおくに押し戻す。
ああもう。はやく捨てたいのに。
なんでこんなにも捨てることができないんだよ。
─手ぶくろ─ #152
たとえば。
恋や友情、愛情。とかの人のこころのこと。
溺れて酔いしれているときは本当に変わらないと思っているかもしれないけれど。
変わるんだって。変わらないものはないんだって。
人を愛して愛される恐怖からとじ込もっていた僕をひっぽりだしたのは貴方だった。
そんなことないって教えてくれた貴方が。
ずっと一緒だって笑いかけてくれた貴方が。
愛していると囁いた貴方が。
僕のなかの、人を愛して愛されることへの恐怖をなくした貴方が。
いちばん僕に教えてくれたね。
変わらないものはないって。
─変わらないものはない─ #151
いそがしくて書きたいものが書けない...
書く余裕もないほど、クリスマスだと実感がわかないほど、
今年のクリスマスはさらりと過ぎ去っていきました。
ゆうて去年のクリスマスもどう過ごしたかなんて覚えてないんだけれども。
あ、強いて言えばクリスマスっぽいこと(?)したのは、ブラッククリスマスとアイスクリームコンプレックスきいたことですかね。
─クリスマスの過ごし方─ #150