「あの、せんぱい。クリスマスとかって...空いてたりしますか?」
突然のことだった。
しんしんと外で降り始めた雪に比例して降り積もっていた倦怠感はどこかへ飛んでいってしまった。
「...え」
コンビニでのバイト中、暇な時間帯を狙ってきたのであろうバイト仲間の柊くん。ちなみに高校の後輩でもある。
「空いてはいる...けど」
「“けど”?」
不安そうな表情で見上げられて、うっと心が詰まる。だめだ、なんで美形の表情とか仕草というのはこんなにも直接的に心臓を叩いてくるのだろう。
「えっとね店長がバイト誰も入ってくれないって半泣きだったから、入ろうかなぁって」
ちからない笑いを浮かべると、彼は水を得た魚のようにぴょこんっとちいさく飛び上がった。
「ってことは、クリスマスはバイトして過ごすってことですか?バイト以外は予定ないってことですよねっ?」
「まぁ、そうかな」
きらきらとした笑顔が痛い。
柊くんは過ごす相手いるんだろうな。なんてぼんやりと頭の隅で考える。
そしてそこの美形、人の哀愁にそんなきらきらした笑顔を添えるんじゃない。
「あのっ、俺もその日入りたいと思ってて。バイトと終わったらでいいんで、どこか行きませんか?」
「え?柊くん、クリスマスもバイト入るの?」
カノジョさんとかと過ごすんじゃないの、と付け加えたくなったがすんでのところで呑み込む。別れたてで寂しさをバイトで埋めようとしているのかもしれない。
「あ、えっと、バイト俺と一緒じゃいやですか...?」
さっきの自分の発言をそう捉えてしまったらしい。ひどく気まずそうな傷ついた様子の美形がそこにはいた。
確かにあそこだけ聞くと嫌みな感じしかしない。
慌てて顔の前で両手を振る。
「そういうことじゃなくって。柊くんがクリスマスまでバイトなんて意外だなって思っただけ。そうだね、終わったらどこか行こっか」
「…! はいっ」
今度はしっぽが見える。
俺の言動でこんなにも表情がくるくる変わる柊くんが、昔飼っていた犬にそっくりでこっそり笑顔が漏れたのは秘密だ。
─冬は一緒に─ #144
いつの日にか聞いた言葉が頭の奥でこだまする。
人はなくしてから気づくんだって。
あんなとりとめのない話でも、もう二度とできないんだな。
─とりとめもない話─ #143
孤独に眠るきみの手を離さないよう傍にいたのに、
いつの間に俺まで寝てしまっていたんだろう。
─風邪─ #142
(そろそろ長編書いていこうかな……)
今の僕には、ただ雪を待つことしかできない。
溶けきってしまった氷色の心臓がまたもとに戻るまで。
貴方の体温が未だに忘れられていない。
ねえ、僕を弱くしたのは貴方なんですよ。
人を愛した分だけ苦しみが後味に残るから、氷色に染め上げていた心臓だったのに。
知らず知らずのうちに貴方に冷たい氷を溶かされてしまっていた。
信じたのにね。信じられたのに。
結局こうなるなら、僕を変えないでほしかった。
こんなことなら最初からひとの体温なんて知りたくなかった。
─雪を待つ─ #141
「ねっ、イルミネーション行こうよ」
「……は?」
行きたくない、という感情が全面に出した彼女、澄香に苦笑する。
こいつまたなんか言い出した、と言わんばかりの呆れが
まじった表情である。
「そんな顔せずにさー、たまにはいいじゃん。ね、ね、行こ?」
「...なんでこのくそ寒いときに外に出てまでイルミネーション見に行かなきゃいけないんだよ。却下」
「ええー」
まあこうなることは半分分かってたけど...。
私は澄香に不安を垂れながら、こたつの上にのっていたみかんに手を伸ばす。
ちなみに彼女は一緒にこたつで暖まりながら、来週提出だというレポートを進めている。
不貞腐れて、みかんをひとつ口に放り込むと彼女がパソコンから目を離してちらりと一瞥してきた。
「...つかなんでみかん置いてあんの」
「え?こたつといったらみかんじゃん。こたつ入荷したんだからせっかくならって」
「...せっかくってなんだ」
そう言いながらも澄香の視線は私の手元、みかんにそそがれている。
こういうところかわいいなーとか思ったり。
「澄香も食べる?」
小さく笑いながら新しいみかんに手を伸ばす。澄香は素直じゃないからきっといらないって言ってくるけど、皮をむいて目の前に置けば食べてくれるだろう。それでも素直にならないんだったら、あーんしてみよう。
...などと考えていた矢先。
「じゃあもらおうかな」
ふっと澄香が妖艶に微笑んだ。
へ...、今日は素直デーですかな...?
なんて計算が狂ったことであほなことを考え始めた私の脳。
そして、そんな脳は澄香の次の行動で完全にバグを起こし始めた。
「...ん、おいしい」
澄香は私がむこうとしていたみかんではなく、私が食べようとして片手に持っていたみかんを引き寄せてそのまま口に入れたのだった。
「...へえ...っ!?す、すす澄香さん...っ!?」
焦りすぎるとさん付けになる私のことなんかお見通しなようで、澄香は心底面白そうにふっと笑った。
「イルミネーション行くのと、私とこの暖かい場所でいっしょにいるのどっちがいい?」
「~っ、ずるい...!」
そんなの澄香ともっと多くいれるならどこでもいいって知ってるくせに。
─イルミネーション─ #140