夢と現実の差に苦しめられることなんてない。
夢の見方なんてとっくに忘れてしまったから。
─夢と現実─ #131
だってもし、さよならを言われてしまったら。
そんなことを考えてしまうんだ、人と関係を紡ぐときには。
深く踏み込まないほうが、楽なんだよ。
「...こんなこと人に言ったの、先輩がはじめてです」
冬の海は冷たい風を運んでくる。
「へえ、うれしいな」
先輩はひとり、納得したように笑みをこぼすと、果てしない青の世界から俺のほうに視線を向ける。
「...だから、わかんないんです。なんで先輩は俺に構ってくるんですか。あんな態度取ってるのに」
「ふはは。俺もわかんない。なんでだろーね」
「......はぁ?」
先輩のこういうところがきらいだ。
直球なときはとことんど直球なくせして、こういうときはひゅるりとかわす。
きらい、というよりはただ怯えているだけなのかもしれない。いつになっても掴めない先輩に。
「...無駄足でした。帰ります」
「えー帰んないでよ。せっかくの海なんだしさ」
「そんなとこに長時間いて風邪引いても知りませんよ先輩」
「そんなこと言わずに。一緒に風邪引こうよ、ね?」
「馬鹿なんですか」
「えー、今さらじゃない?」
それもそうですね、とぽんぽんと取るに足らない会話を投げ合う。
この気を変に張らなくてもいい空間は何気に落ち着けた。
深く踏み込んでいるわけではないからかもしれない。
「───なつめくんさ、怖いんでしょ」
冷たい波の音で空気ががらっと切り替わるから、また余計掴めなくて苛々する。この人のスイッチはどこにあるんだ。
「深く踏み込むって、あいてに自分の心臓差し出すようなものだしね」
心臓はあいての手のなかだから、さよならを告げられて捻り潰されるのもあいて次第。そういいたいのだろう。
それくらい、心臓は弱くて脆い。
「でもその恐怖に打ち勝って心臓を差し出してもいいと思えるあいてができたら、きっと。...ね?」
はっきりと言葉にしないで先輩は果てしない冷たい青の世界に視線を投げた。また先輩の気まぐれで言葉にするのが面倒になって放棄したのだろう。
「...肝心なとこ伝わってないです」
「あはー」
その恐怖に打ち勝って心臓を差し出せたなら、きっと、───連れていかれるのは見たこともない色鮮やかな世界だ。
─さよならは言わないで─ #130
(掴めない系男子の名前がどうしても思い付かない。"先輩"って名前出さなくていいから便利。……なんかないかな、名前)
わからない。わからないから言葉にできない。
親友だと思っていた幼馴染みへの恋心に気づいたのは、もう思い出せないくらい前のことだ。
そして気づいたと同時にその恋を心の奥にしまった。おしころした。
親友として幼馴染みとしてでもよかった。隣にいられなくなることがこわかった。
──でも、最近の幼馴染みの距離がおかしい。
急に触れあえそうな距離まで近づいてきたり、かと思えば避けるように距離をおいたり。俺が逆に過度に近づこうとすると、ばっと距離をとられる。
この前なんか髪についた雪を払ってやったら真っ赤な顔で全力で肩を押し退けられた。
そしてそんなことが何回かあり...。
結局近づこうとすると拒絶されるということが分かっただけ。正直結構傷つくので最近は不用意には近づいていない。
...これは、どう受け止めればいいのか。
期待していいのか。でも拒絶されるときの痛みでいつもブレーキがかかる。
わからない。わからないから言葉にできない。
─距離─ #129
(恋愛ものはすれ違いとか、失恋したときの心理描写とか、そういうのを求めてしまいます。切なければ切ないほど、すれ違えばすれ違うほどいい……のは私だけだったりしますかね)
彼が俺の腕のなかで泣きはじめてから、彼の背中をさすりながら、時折彼の肩と髪に積もっていく冷たい雪を払っていた。
「…そんなに寂しかったか、ごめん」
背中をさすりながら冗談で言ったつもりだった。
ツンデレな彼は寂しくても、そんなわけねえだろと食いぎみに反論してくるから。そういうところも含めて好きだった。
でも今日はちがった。
消えそうな声で震えるように、
「はんとだよ...っ、今までなにしてたんだよ、ばか...っ」
なんて、抱きつく力が強められた。
「連絡しても既読つかないし、電話繋がんないし、そもそもなんも言わないで離れていくなよ...。こっちの気持ち、ちょっとは考えろよ..っ」
毎日不安だったし、寂しかった────、と。
こんなふうに泣いているのは、完全に俺のせいだった。
「...ごめん」
「許さない。...けど、生きてまた帰ってきたから許してやる」
震える俺らの声が真っ白な雪に溶けてゆく。
「あと、...もう離れないって約束して。しないと許さない」
とくん、とくん、と彼の鼓動が伝わってくる。きっと俺の鼓動も伝わっている。
「離れない、離れないよ。...ほんとごめん」
「...いい」
雪にかき消されていく寂しい公園のまんなか。
彼の背中に縋りながら、胸のなかで縋られながら、彼の背中をさすっては、たまに肩や髪にのった雪を優しく落としていた。
─泣かないで─ #128
(泣かないで、という言葉は個人的に好きじゃないかも。泣いて、のほうが好き)
なにもかも投げ出したくなった。
無意味な呼吸を続けることに意味を見いだせず、どうして生きているのだろう、なんてぼんやりと考えていた。
高校一年の、秋のおわりだった。
冬の冷たい空気を肺にめいっぱい取り込む。
それだけで自分の中の何かが新しく生まれ変わってくれるような気がした。
実際には私は私のまま、なにも変われていなかった。
理想像はやはり理想像だ。
数年前、数ヵ月前、数日前、数秒前に思い描いた自分にはなれていない。それが現状だった。
じゃあ、将来、未来からしたら過去だという今に思い描いた人間に私はなれているだろうか。
やはりどうしても、無理だと思えてしまう。
どうして私は無意味な呼吸をくりかえすんだろう、ふと当てはまるように言葉が降ってきた。
高一の、冬のはじまりだった。
─冬のはじまり─ #127