だってもし、さよならを言われてしまったら。
そんなことを考えてしまうんだ、人と関係を紡ぐときには。
深く踏み込まないほうが、楽なんだよ。
「...こんなこと人に言ったの、先輩がはじめてです」
冬の海は冷たい風を運んでくる。
「へえ、うれしいな」
先輩はひとり、納得したように笑みをこぼすと、果てしない青の世界から俺のほうに視線を向ける。
「...だから、わかんないんです。なんで先輩は俺に構ってくるんですか。あんな態度取ってるのに」
「ふはは。俺もわかんない。なんでだろーね」
「......はぁ?」
先輩のこういうところがきらいだ。
直球なときはとことんど直球なくせして、こういうときはひゅるりとかわす。
きらい、というよりはただ怯えているだけなのかもしれない。いつになっても掴めない先輩に。
「...無駄足でした。帰ります」
「えー帰んないでよ。せっかくの海なんだしさ」
「そんなとこに長時間いて風邪引いても知りませんよ先輩」
「そんなこと言わずに。一緒に風邪引こうよ、ね?」
「馬鹿なんですか」
「えー、今さらじゃない?」
それもそうですね、とぽんぽんと取るに足らない会話を投げ合う。
この気を変に張らなくてもいい空間は何気に落ち着けた。
深く踏み込んでいるわけではないからかもしれない。
「───なつめくんさ、怖いんでしょ」
冷たい波の音で空気ががらっと切り替わるから、また余計掴めなくて苛々する。この人のスイッチはどこにあるんだ。
「深く踏み込むって、あいてに自分の心臓差し出すようなものだしね」
心臓はあいての手のなかだから、さよならを告げられて捻り潰されるのもあいて次第。そういいたいのだろう。
それくらい、心臓は弱くて脆い。
「でもその恐怖に打ち勝って心臓を差し出してもいいと思えるあいてができたら、きっと。...ね?」
はっきりと言葉にしないで先輩は果てしない冷たい青の世界に視線を投げた。また先輩の気まぐれで言葉にするのが面倒になって放棄したのだろう。
「...肝心なとこ伝わってないです」
「あはー」
その恐怖に打ち勝って心臓を差し出せたなら、きっと、───連れていかれるのは見たこともない色鮮やかな世界だ。
─さよならは言わないで─ #130
(掴めない系男子の名前がどうしても思い付かない。"先輩"って名前出さなくていいから便利。……なんかないかな、名前)
12/3/2024, 1:28:35 PM