「なあ、もう終わりにしよう」
「…お前いなくなっても、俺生きていけると思ってんの」
「生きていけるだろ。こうやって会話するのも結構きちーんだなこれが」
「頑張れよ。俺、お前いなくなったら生き方分かんねーんだけど」
「んなことないって。大丈夫大丈夫」
「おっまえな」
「それに最近はあんま壊さないじゃん。ストレス減ってるんじゃね?荒れてるときなんか手に負えないほどだったのに。ま、この世界のなかなら一回出れば修繕されるからどれほど壊してもよかったけどね」
「…その世界がなかったら俺潰れんだけど」
「あ、この世界が消えたら現実で暴れないようにしろよ?前にいたんだな、現実とここの区別がつかなくなって、現実で大暴れした奴」
「俺もそうなるけど」
「あーじゃあ、一ヶ月に一回くらいは出てきてやるよ。こっちの住人も結構忙しくてね」
「そうしろ。つかもっと出てこい。そっちの鏡の世界はお前出てこないと、ただの鏡で入ろうとしても入れねーんだから」
あー時間あったらね、と青年が背を向けたとたん、幻想だというきらびやかな都会は消え、ぐるりと鏡が歪んだと思ったら、鏡の向こうにはなんの変哲もない自分の姿が写っていた。
─鏡─ #37
「いつまでも捨てられないものなんてあったら、こんな暗いこと考えてない」
俺は数年前お前にそう言った。
そのときのお前があんな顔してた理由が今分かった気がする。
「ごめん。俺、お前への想い捨てられそうにない」
この答えをずっと待っていたんだろ、お前。
悔しいけど、いつまでも捨てられないものができたんだ。
そう言うと、そいつは泣きながら笑った。
─いつまでも捨てられないもの─ #36
たぶん、最初から諦めていた。
人生なんてどの道を選んでもきっといつか後悔するし、そんなゲームのような人生ならば真面目に生きる必要はないのだと。
だから“それなり”でよかった。
何かに対して誇らしく思ったことなんてない。
ああ誰か、誰でもいいから生きる意味をください。
生きていいよって言ってほしいだけなんだ、きっと。
─誇らしさ─ #35
海に引き寄せられるように、誰もいない駅で降りていた。
夜の海は、果てしなく深い色が広がっていて、冷たい潮風と共に心地よい音を運んでくる。
裸足で浜辺を歩く。誘われるようにして海へと入っていった足は、冷たい水に拐われていくようだった。
つう、と頬を伝った涙は皮肉にも暖かくて、余計な思い出まで連れてくる。……ちがう。余計な思い出、なんて意地を張れるほど今の私は強くない。
淡くて、儚くて、手繰り寄せたら消えてしまいそうな思い出をそっと胸に抱いて、夜の海でひとり、泣いていた。
なんで私より先に死んでんだよ、ばか。
私が生きる意味またなくなっちゃったじゃんか。
私の自殺阻止しといて、最後まで責任もってよ。
どうせなら一緒に死にたかった。
夜の海に吸い込まれていく。
前のときとちがうのは、こんなにも涙が溢れるということ。
大嫌いだ、ばか。
でも、ありがとう。
最後の涙は冷たい夜の海に溶けていった。
─夜の海─ #34
走るのに疲れたら、速度を落とせばいい。
ときには楽して自転車に乗るのもいいかもしれない。
でも、決して止まって下を向いてはいけない。
いつも私たちの周りは美しいものであふれている。
苦しくなったら周りを見回せばいい。
それでもう少しだけ生きてみようと思える。
人の生とはそんな単純なものだったりする。
─自転車に乗って─ ♯33