「ねえ、全部同じこと書いてない?」
「ん〜? なにが〜?」
狭い空間で身を寄せ合い、一緒にプリクラへらくがきをしている友人から生返事をされる。
「『なにが〜?』じゃなくて、これ全部同じこと書いてるじゃん。『大好き』って。もっとなにかないの? さっきクレープ食べたし、映画も見たのに」
「だって、大好きなんだも〜ん」
そう言いながら新たなプリクラへ『大好き』と書いていた。同じことを書くにしても場所を変えたり、大きさを変えたりすれば良いのに、ご親切にもすべて同じ大きさで同じ場所に書かれている。
「大丈夫! 書いてることはおんなじだけど、わたしたちの顔とポーズはぜ〜んぶ違うから!」
「そういう問題なの?」
「だって、ぜんぶ同じって言うから〜」
一度も画面から目を離さずに、のほほんとした口調だった。楽しそうに体をゆらゆら揺らしながら語尾にハートを書いており、お気に召さなかったのか、何度か書き直している。
「よしっ! これはハート書いて付加価値を付けました! ……って、そっちも同じこと書いてるじゃん!」
私の画面を見たあとに肩を手の甲で当てられ、ベタにツッコミをされた。
「……大好きなら良いんでしょ?」
「うん、そう!」
口を大きく開いて、嬉しそうに笑う顔は加工が施されているプリクラよりも断然可愛くてキラキラ輝いている。
「わたしも大好きだよ!」
「散々見ました、プリクラで」
ちょうどそこで落書き時間が終わり、ペンを置く。落書きスペースから出ると、不満そうに「え〜、大好きって言ってよ〜」と言いながら私の後をついてくる。
「さっき書いたじゃん」
「ボイスでおねが〜い」
「また今度ね」
「それっていつなの? 今がいい〜。まだ一回分しか返してもらってな〜い」
「返してって言われても、勝手に書いてたのそっちでしょ」
「『勝手に』とか言わないでよ、寂しくなっちゃう」
「ごめん、ごめん。大好きだよ」
「気持ちこもってないんだけど〜!」
そんな会話を交わしながら二人で並び、プリクラが印刷されるのを待った。
ああ、大好きだなあ。
――大好き
幼い頃の夢は、それはそれはとても大きかった。
サッカー選手だとか、野球選手だとか、警察官に消防士、医者。目につくものすべてに憧れて、夢焦がれた。夢の中では何にでもなれる自分が何よりも輝いて見えた。
身も心も大きくなるにつれて、その夢は小さくなった。「なりたいから」と言って、簡単になれるものではないと悟ったからではない。身近にある些細な幸せがなによりも輝いて見えるようになった。
少しでも永く、君とこの幸せの中で生きたい。
だが、これも俺には大きすぎる夢だったのかもしれない。
もう身体では君に愛を伝えることも、抱きしめることも、震える手を握ることも、頬を伝う涙も拭うこともできないのだから。
――叶わぬ夢
匂いは人の心を動かす。実態ある目に見えるものや、どんなに美しい音色よりも強く、強く人の心に語りかけるらしい。そして、人の記憶にも働きかけ、匂いを嗅いで関連する記憶が鮮明に蘇ることもある。
自分のことを強く印象付けられるし、何度も思い出してくれる。だから、香水は恋愛に効果的らしい。
偉そうに語ったけど、全部雑誌を読んで得た知識。
今日は彼とのデート。
この日のために買ってみた香水を、手首の内側に拭きかけてみる。ふわっと優しい花の香りが私を包み込んだ。
香水なんて自分の柄ではなかったかもしれない。
でも、彼にはずっと自分のことを覚えていて欲しい。そして、何度も何度も思い出して欲しい。いつか私と別れて、別の子を好きになったとしても、頭の中のどこかにずっと私がいれば良いと思う。
私以外の女の子と話しても、別の子を可愛いって思っても、無邪気な笑顔を向けても、連絡を取り合っても何も言わないから、これだけは許して欲しい。
さあ、花の香りと共に君に会いに行こう。
飲みの席。
てっきり、アイツは俺の隣に座るだろうと思い込んでいた。だが、別の男の隣に座っている。しかも俺から離れた場所で。
「──乙女心は秋の空って言うよね」
突然、俺の隣に座っていた友人がそんなことを言った。
目が合うと鼻で笑い、澄まし顔で笑う。
「……なんだよ、急に」
「あの子のことずっと見てたから」
「別に……見てないだろ……」
「そう? じゃあ気のせいだったか」
アイツは俺の隣に座ると思い込んでいた理由。
それは、アイツが好きだと告白してきたことがあるから。だから、アイツが自分の隣に座ると思い込んでいた。現に今までそうだった。こういった場では必ず俺の隣もしくは、向かい合うようにアイツは座ってた。
アイツに想いを告げられたのは、数年前の出来事だ。
友人や妹のようだと思っていたアイツに突然好意を向けられていることを知り、俺は戸惑ってしまったのだ。そして、結果的に断った。
「あの子、楽しそうにしてるね」
「……だから、見てないって言ってんだろ」
「君は楽しんでる?」
「うるせェな。美味い酒を飲んでんだから楽しいに決まってんだろ」
自分で振ったくせに何でいつまでも俺のことを想ってくれると思い込んでだよ、俺は。
並々注いだ酒を煽り、ざわつく心を眠らせた。
──心のざわめき
遠くに彼の小さな背中が見え、私は地面を蹴った。
だんだんと近付いてくる私の足音に気が付いた彼はゆっくりこちらを振り返る。
私の姿を視界にとらえた彼は表情を緩めて笑った。
「あ、いた」
その言葉に私の胸がきゅっと小さく萎む。ゆっくり元に戻ったかと思うと、今度は大きく弾み始める。
彼がふいにこぼした言葉は、愛を謳うものではなかったけれど飛び跳ねて喜びたくなった。
だって、それは私を探していたってことだから。
──君を探して