勿忘草
時折思い起こす、記憶の断片とも言えないような、かすかな夢のようなものがある。その一つが、勿忘草。
小さな笑い声に、目を覚ましました。どうやら、草原に寝転がって眠っていたようです。
束ねた小さな青い花を胸元で抱え、私の隣で笑ってる人がいました。その白く柔い手が、棘のない緑の茎だけでなくて、垂れた青い花に触れていました。まだ夢心地の私はほうけていて、ただそれを眺めていました。
その人は愛おしげに勿忘草に触れ、私は勿忘草とその白い手を眺めていました。いくらそうしていたでしょうね。その人はそんな私に気がついて、私に花を差し出すのです。
恥じらっているのでしょう。顔を伏せられて、よく見えません。けれどもその頬は、赤く染められているのがわかりました。
そうして「忘れないで。」だなんて囁いたのです。
その言葉で私は、その青い花が勿忘草だと思い出し、全てが夢だとわかるのです。
そんな情景が忘れられないでいる。
きっとそれは全くの妄想。あるいは、つまらない映画のさして記憶に残らないワンシーンに決まっている。
私はあなたを忘れた。
本当、夢なのでしょうから。
どうして
どうして、だなんて、一体何を問いたかったの。
欲しているものは何?
裏切られたとでも、信じられないとでも言いたげな、そんな声。どうだろう、あるいはあなた、わかっていた?
わからないね。あなたも、私も。本当のことは何一つ。わからないよ。その囁きのような、短い言葉では。顔が仮面に覆われている私たちは、声だけが頼りなのに。
どうして、だなんて。どうしようもないじゃないか。
ね、おそらくは、そんなこと、問うべきじゃあない。迷宮に迷い込みたくはないだろう。そんなものに、そんな問いに、とらわれるべきではないんだよ。
どうして、どうして。
きっと意味のあったはずのそれは、頭の中を回るだけの、短い文字列に慣れ果ててしまった。
凍てつく鏡
鏡よ、鏡。
魔法の言葉を呟いて、一体何を問うのでしょう。
けれどもう、鏡は答えを教えてくれないよ。それどころか、何かをうつすこともないのだろう。
鏡の持ち主は疲弊し、意識も肉体も放棄した。
迷宮を彷徨っていたようなその人の苦悩は、答えはおそらく鏡が教えてくれただろうに。
あるいは、それが耐え難かったのかもしれない。答えなど、知りたくはなかったのかもしれない。
問いを口にしたのは遠い昔。しかも、無邪気な子供の頃。
しかし最期に呪文を囁いて、一体何を問いたかったのでしょう。
氷の膜がへばりついて、年々厚さが増していく。
何もかもをうつしだすかのように思えたその鏡さえ、長い年月には敵わないらしかった。
鏡よ、鏡。呼びかけても、問いにこたえることはない。
祈りを捧げて
お許しください。どうかどうか。
私は確かに、何かを祈っていたのです。
そのために何もかも捨てさりました。全てが、私から離れていってしまっても。
でも、もうわからないんです。何を信じ、何に、何のために、祈っていたのか。
教えてください。
君が見た夢
君が見た夢だなんて、わかるはずがないじゃないか
あの夢を語っていた時のお前、
桃色に染まったあの頬も、あげられたあの口角も、柔く細められたあの目も、高鳴る鼓動を抑えるようにあてられたその手も、全てが歓喜に満ち溢れていたじゃないか。
それが今や、一体、どこを見ているのだ。そればかり語って、何がしたい。
何処にも踏み出さず、枯れ果てたそこに一人とどまり続けたお前のことだなんて、忘れてしまった。
何の夢を見ていたの