しゅら

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9/16/2024, 5:34:44 PM

空が泣く

 彼は言った「この後雨が降るそうだよ」と。
 私を心配する、彼の気遣い。取り込んだ洗濯物も、鞄の中の折り畳み傘も、彼が教えてくれたから。

 彼は言った「雨上がりの空は綺麗だよ」と。
 私を励まそうとする、彼の気遣い。透き通る夜空を、虹の橋を、彼と一緒に見られたら。

 彼は何も言わない。青い雫を聴きながら、私にそっともたれかかる。生乾きの洗濯物も、壊れた傘も、虹も、星空も、そこにはない。しとしとと濡れる前髪をそっと撫でて、今、一緒にいてくれる。

9/14/2024, 7:20:48 AM

夜明け前

 ああ、今日も何もできていない。何かしようと意気込むけれど、心だけが焦って焦って、眠れない夜が幕を下ろそうとしている。
 東の山の間が白み始める夜明け前、靴紐をキュッと結んだなら、玄関をそっと開けて旅に出る。誰もいない歩道、ぼんやり光る電灯、朝露に濡れた白詰草、カーテンの閉まった友達の家。しっとりとした、けれど爽やかな香り。澄んだ空気に包まれながら、立ち止まり、追い抜いて。
 私だけが知っている、私だけの感動。

8/30/2024, 9:32:53 PM

香水

 それは春の予感

8/28/2024, 9:07:26 PM

突然の君の訪問。

 ザアザアとやかましく雨の降る日、インターホンが鳴った。また勧誘かと映像を確認するも、誰も映らない。
 「はぁ、いたずらか」
 ピンポーン!
 点灯した画面には、やはり誰もいない。画面に映らない場所を把握しているのか?手の込んだイタズラをする奴もいたものだ。イタズラ好きの奴なら一人、心当たりがある。
 そっと玄関のドアを開ける。
「や、久しぶり」
 まあ、そうだよな。分かってたさ。
 こいつは沢田。いつも余計なイタズラをする奴だ。本人曰く、人の驚く顔が好きとのこと。人騒がせな奴だよ。
 「沢田……!」
 「あっはは!びっくりした?」
 「なんでここに」
 「お前を驚かせたかったから、だけど?びっくりした?」
 沢田はすっと部屋に上がる。
 「そりゃ、もちろん。お前、昔と変わんないなあ」
 「……」
 分かってるさ。
 沢田は15年前、橋から川に落下して死んだ。手ぶらで雨に濡れてないのもそのせいだろう。
 「あそこの崖で土砂崩れあったの分かる?慰霊碑どっかに埋まっちゃったんだ」
 「……掘り返しに行こうか?」
 「大丈夫。……さて、俺がどうしてここに来たのか、分かってるよな」
 分かってるさ。
 「俺を驚かせたかったんだろう」
 「そのつもりだったんだけどな、俺の方が驚かされたよ。俺が崖から落ちたことになってるし、お前が無実ってことになってるし……」
 数日後、マンションの一室で男性の水死体が発見された。

7/28/2024, 11:45:07 PM

お祭り

 「おい見ろよ、あの提灯。まるで百鬼夜行だな」
 暗い中にぼんやり整列する灯りの中を、人間たちが行ったり来たり。何が楽しいのか、皆一様に浮かれた顔だ。
 「ええ、おっしゃる通りで。しかし、人間の奴ら、この祭りの意味を分かっているのか?この祭りは豊穣の神たるあなた様に感謝を捧げる祭りだというのに」
 三つ目のお供は不満げだ。
 「あっはっは!かまわねえよ!人間ってのはそういうもんだ!絶えず、目まぐるしく、変化するもんさ」
 「はあ、ヤライ様は本当に人間がお好きですね」
 三つ目と山道を歩いていると、泣き声が聞こえる。
 「やや、あれは人間の子供ですか。何かの弾みで我らの世界に入ってしまったのでしょうなあ」
 「そうみてえだな。しょうがねえ、帰してやるか。……おい坊主!帰してやるよ、ついて来い!」
 子供はきょとんとした顔をした後、黙ってついてくる。俺が人間に近い容姿をしているからか、正常な判断ができないからか、そいつは小鴨のように俺の後ろを歩く。
 「なあ坊主、話をしないか?」
 人間の世界に送り届けるまでの間、そいつは色々話してくれた。友達、学校、家族。時々相槌を打ってやれば、そいつは目を輝かせて饒舌になった。
 「この先だ。振り返るなよ」
 藪の向こう、歪む視界の真ん中で、人間が何かを探している。
 「パパ!ママ!」
 そいつは脇目も振らずに駆け出し、両親に抱きついた。こうして彼は、人間の祭りに帰っていった。

 あれから時が経ち、我々の住む山に人間の手が入り始めた。奴らは木を切り倒し、穴を掘り、山を変えていった。
 「ヤライ様、この土地はもう……」
 「ああ。祭りはやらなくなった。人もいなくなった。我々の住処もなくなるか……。昨今の人間は自然さえ克服した。豊穣の神はもう、必要ないだろう」
 「ヤライ様……」
 「そんな顔すんなよ。いいさ、俺たちはもう……」
 視界の端、年老いた人間が、他の人間に何かを訴えかけている。「この山には神様が……」と。どこか見覚えのある彼を背に、我々はゆっくりと森の空気に溶けていった。

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